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X-TANKコンサルティングのCEOである伊藤嘉明氏は、数年前から「VUCA」への警鐘を鳴らし続けていました。
そして2020年、新型コロナウィルスの影響で社会はまさにVUCA的変化に直面しています。
私たちは「ポストコロナ」時代をどのように生き抜いていけばよいのでしょうか?
Treasure Dataのエバンジェリスト若原強がお話を伺いました。
「予測できない未来」と「予測できる未来」
若原 伊藤さんには、私たちTreasure Dataが主催するイベント「PLAZMA」に、過去4回ご登壇いただいています。その講演の内容を振り返ってみると「VUCAに対応せよ」という一貫したメッセージがありますよね。
改めて確認すると「VUCA」とは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字から成り、「変化が激しく予測不可能」であることを意味するキーワードです。
現在の新型コロナウィルスがもたらしている影響は、まさにこのVUCAそのものですよね。
まず、この「時代の節目」に、伊藤さんが何を感じているのかお聞かせください。
伊藤 本日お伝えしたいことのひとつなのですが、これからの時代、特に日本社会では、従来よりも「個の必然性」が強くなっていくと私は考えています。
そもそもVUCAとは、軍事用語としてアメリカで冷戦時代に生まれた言葉です。
2000年代初頭に再び注目され始め、海外ではこの3年ほどでとても脚光を浴びているキーワードでもあります。
つまり、VUCAという考え方は決して新しいものではないのです。
若原 冷戦時代からと考えれば、VUCAという言葉は30年近く前から存在しているわけですよね。
伊藤 未来を予測することは不可能です。しかし、同時にある程度予測できる部分も存在します。その予測可能な部分に対して、どれだけ準備できるかが肝になるのです。
現在、日本だけではなく、世界中で様々な業態の多くの企業が大変な苦労をしています。
ビジネスが立ち行かなくなってしまった企業も少なくありません。ただ、このような状況下でも、予測可能な部分に対して準備をしていた企業は軽症で済んでいます。
今回の新型コロナウィルスも全く予想できなかったわけではありません。例えば、オバマ政権はこのような新しいパンデミックへの備えをしていました。
ところが、トランプ政権はパンデミック対策の予算を大幅に削減し、結果はご存知の通りです。
ある事象が発生した後に実際にうまく対応できるかどうかは別の話ですが、普段からどのように備えるのかが非常に意味を持つのです。
日本は災害大国です。30年以内に大きな直下型地震が東京を襲う確率が70%だと言われていますよね。ここまでは予測ができているわけです。
ただ、その地震が1年後に発生するのか、明日発生するのかは予測ができません。
若原 今後の企業にとって、「将来の予測可能な部分に備える」ことは、とても重要なポイントになりますね。
伊藤 そうですね。さらにそれは企業に限らず、個人レベルでも同様です。なぜならば、組織とは個の集団だからです。
日本では「個は組織に属する」という見方がまだ強いかもしれません。
ただ、冒頭に申し上げた通り、今後はこれまで以上に「個の必然性」が強くなり、「個がどのように活きていくか」が組織にも反映されていくでしょう。
そして、「個が反映された組織」が繁栄していくと私は考えています。反対に「個が組織に属する」という旧態依然な組織のままでは、非常に苦労するはずです。
Which Side Are You On?
若原 経済や産業の視点で見ると、過去に例をみない新型コロナウィルスの影響はどのようなものだとお考えですか?
伊藤 今回のパンデミックでは各国で多くの死者が出ています。アメリカでの死者数は、第一次世界大戦での犠牲者数を上回りました。たしかに大きな惨事であることは間違いありません。
ただ、「産業と経済に与えるインパクト」という見方をするならば、このようなインパクトは過去にも起こっているのです。
戦争もその一例ですが、最も大きなものはインターネットの出現です。
インターネットが世の中を大きく変えたことに異論を持つ人はいないでしょう。さらにこの十数年はスマートフォンが世の中にインパクトを与えていますよね。
インターネットが存在する世界へとシフトした段階で、産業やビジネスの在り方、私たちの生き方は変わりました。その波に乗るのかどうかで、衰退産業になってしまうのか、生き残れるのかが変わってきます。
若原 VUCAと聞くとネガティブな変化ばかりイメージしていたのですが、確かにインターネットの出現・普及などポジティブな変化もありますよね。ハッとさせられました。
伊藤 結局は「どちらの側に立つか」なのです。私たちはインターネットをポジティブに捉えますが、当時インターネットによって職を奪われた人は当然ネガティブなイメージを持ったでしょう。
もっと古い話では、コンピュータの出現でタイプライターの会社は一掃されてしまいましたよね。
ですから、変革・変化が起こる際には、「自分がどちらの側にいるか」、もっと言えば「自分はどちらの側にいたいか」というのがポイントなのです。
「変化についていかない」というジャッジをした人間は、もちろん変化に対応できませんから衰退するしかありません。
ただし、厳しい言い方ですがそれも自分の選択です。「変化についていくかどうか」「予測可能な部分に対して準備をするかどうか」の選択権は個々にあるのです。
リモートワークで成果が出ても、通勤が再開した。
若原 「VUCAに対応する」とは、個人の問題、個人の捉え方でもあるということですね。
伊藤 キーとなるのは個人だと私は思っています。繰り返しになりますが、結局、組織を作るのは個人なのです。
私も複数の会社に経営陣として参画してきました。その経験から言えることは「社長や経営陣でも、社員全員の気持ちは理解できない」ということです。理解したい気持ちはあっても、不可能なのです。
社員の顔や名前、家族構成を理解できるのは100人くらいの規模までです。1,000人、1万人となると覚えていられませんし、10万人ともなれば、会ったことがない社員がほとんどでしょう。
もちろん、社長は「会社にとって何がベストか」を常に考えています。でも、現場のことは現場の社員の方がよくわかっている。だから、自分で実情を伝えればいい。
それが1人では難しければ、横でつながって動けばいいのです。
しかし、そのようなムーブメントが起こらなければ、体制に文句を言って終わってしまいます。不満を感じながらも行動はせず、愚痴だけこぼす状態には「思考停止」という言葉がよく当てはまりますよね。
「うちは製造業だからリモートワークできないんです」という人もいるでしょう。
それでも何か対応できる方法を考えたり、プロセスを変えていったりしなければ、「インターネットの出現」と同じ運命をたどります。消えていく産業に浸っていていいのでしょうか?
若原 「緊急事態宣言が解除されてよかった。元に戻ろう」ではなく、本質的にどうすべきなのかを考えなければいけませんよね。
伊藤 新型コロナウィルスに関して言えば、まだワクチンもできていませんし、感染のリスクがなくなったわけでもありません。緊急事態宣言下と根本的な状況は変わっていませんよね。
多くの人は気がついていると思います。あるいは、気がついているけど、向き合いたくないのかもしれません。でも、元の世界にはもう戻りません。戻ることはできないのです。
私はこれまでに様々な会社で「変化しましょう」と働きかける変革ドライバーとしての役割を担ってきました。でも、変えられたのは組織やモノの一部でしかありません。
今回は「変化しましょう」というレベルを超え、「世界が根底から壊れてしまった」と私は捉えています。
壊れ方が尋常ではないので、インパクトは徐々に来るのでしょう。
この状況下で「元に戻る」、あるいは「既に元に戻った」と考えるのは、正常性バイアスに他なりません。私は「ビフォーコロナ」に戻ることはないと考えています。
「ポストコロナ」に求められる働き方の三原則
若原 「元に戻る」と思考停止するのではなく、どのようにすれば浮かび上がってきた課題を解決しながら前に進めるのか、考えをお聞かせいただけますか。
伊藤 この2年間、私はVUCAに適応するためのいくつかのキーワードを提唱してきました。今、世界が壊れ始めてしまったことに気づいた方々には、改めて「働き方の三原則」を伝えたいですね。
1つ目の原則は「自分の直感を信じる」こと。
私たち人間も動物ですから、他の動物と同じように危険察知能力を持っているはずです。「なんかやばいよね」という感覚です。
例えば、新型コロナウィルスに対しての自分の行動を振り返ってみてください。
「感染が怖いからマスクをしよう」「この地域で感染が拡大しているから外出を控えよう」など、何が正解かはわからずとも、様々な基準の中から最終的に自分で判断して動きましたよね。
ビジネスもそれと同じです。自分が何かするときに感じる違和感、あるいは同調できる、共鳴できる感覚ってありますよね。
「この企画はどこかおかしいな」「この人の言っていることはおもしろいな」といった価値観は、今まで以上に大切になってきます。
思考停止の人々は衰退していきますから、「このままではやばい」と気づいている方は自分個人の直感を信じてください。その直感は、ほとんどの場合正しいものです。
次の原則は「業界の常識を無視する」こと。
「今日の常識」は、明日には常識ではないかもしれません。
それこそ、非常事態宣言が出る前と、解除後の現在では常識は大きく変わっています。3月の常識を現在に持ち出して行動することは、とても滑稽に感じるはずです。
業界の常識も同じことなのです。
私は斜陽産業と呼ばれる業界においても、数社の立て直しをしました。その経験があるからこそ言えることですが、思い切りもがいてあがいて、何か新しいことをしない限り再生は実現できません。
この「もがきあがき」は、過去の常識からの決別を意味します。そうでなければ、新しいアイディアは生まれません。ですから、業界の常識には意味がないのです。
そして、最後の原則は「知識・経験よりも姿勢」です。知識と経験はもちろん大切です。知識や経験を持つ人間をないがしろにしろと言っているわけではありません。
ただ、それがすべてではない。逆に業界の常識や知識がなくても「こういう考えを持っています」「こんなことができます」という自身の姿勢が形を作っていくわけです。
そして、この三原則が「差異力」につながります。
「差別化」とは違う「差異力」って?
若原 伊藤さんは「差異力が重要になる」とずっと主張されていますよね。この「差異力」について改めて教えてください。
伊藤 先ほどの三原則からつながるのですが、「知らないこと」が武器になるのが「差異力」の考え方です。それは差別化とは全く異なる概念です。
差別化とはある土俵の中で「自分は異なるんだ」と表明し、別の土俵で戦うことです。
それに対して「差異力」とは、同じ土俵にいながらも自分は異なるものを持っていると示す力です。
「知識や経験は否定しませんが、私だけが持っている新しいものも持ち込みますよ」という姿勢ですね。
新型コロナウィルスの感染者を少なく抑え込んだ東アジアや東南アジアでは、既に模索が始まっています。
日本はまだ模索を始めるのには時期尚早なのかもしれませんが、ビジネスを運営する立場の人間としては動きを止めることはできません。
経済を止めてしまうわけにはいきませんから、新型コロナウィルスと共存していく道を探していくことが大切なのです。
この未知の脅威と共存するために、業界の常識が役に立たないことは明確ですよね。新たな常識を今日作ればいいのです。
若原 そして、その常識も古くなれば、また別の常識を作っていけばいいわけですよね。
伊藤 おっしゃる通りです。そのように考えると知識や経験よりも姿勢が重要な理由もご理解いただけると思います。
また、よくありがちなのが「前にやってダメだったから」という理由でアイディアをつぶしてしまうパターンです。でも、実はそのアイディアが早すぎただけかもしれません。
私は様々な企業再生に取り掛かる際には、まず始めに「今までボツにしたアイディアを出して」とリクエストします。
せっかくトゲのあるアイディアでも、中間管理職や経営陣など「偉い人」に上がっていくと丸くなってしまうことがありますよね。
「ウニ」が「ボール」になってしまうわけです。これでは全くの別物です。
若原 そこで「元のウニを出してください」と言うわけですね。
「違和感を感じたら転職」が間違っている理由
若原 伊藤さんは「自分の人生を他人に委ねるな」「居心地のよいコンフォートゾーンからは抜け出せ」というメッセージも発信し続けています。
自分で行動せず、変化もしないリスクはここまでのお話でとても理解できました。
ただ、業務においては自分で判断せず、ある意味「思考停止」が効率的な場面もありますよね。その線引きはどのように捉えればいいのでしょうか?
伊藤 仕事の中では「こうしなさい」とルールが定まっていて、そのルールに従えば効率がいいことは当然あります。
私は何も「異端児になってすべてのルールに反対しろ」と言っているわけではありません。
それではただの「ワガママ坊主」です(笑)。
では、どのようなタイミングで他人に委ねず、自分で判断すればいいのか。難しいように感じるかもしれませんが、「自分の人生」という視点からどうしたいかで決めればいいのです。
これが最も簡単な方法です。私はいつもそのモノサシに立ち返って判断していますね。
それは自分の人生でリーダーになるのか、フォロワーになるのかという話です。結局は「自分がどうありたいのか」に尽きるのです。そのように考えると、やはり「違和感」を大切にすべきですよね。
他人に「死ね」と言われても、死ぬことはありません。それと同じです。
新型コロナウィルスの感染リスクを恐れながらも満員電車に毎日乗っている人は、「自分の命を危険にさらしてまでしたい仕事なのか」と考えてみるといいでしょう。
自分がどうありたいかを改めて考えてみてください。
私が伝えたいのは「自分の基準に合わなければ転職すればいい」という単純な話ではありません。
日本では気軽に転職はできないので、まずは違和感を覚えた事柄を、現在の環境で自分で変えるために動けばいいのです。
若原 ありがとうございます。とても腹落ちしました。
伊藤 この自粛期間中に、ウェブ会議システムを使って様々な人と話をしました。その中に前職で古い体質の企業にいて、最近IT系の企業に転職していた方がいました。
そして彼は「前の会社は紙やハンコの文化だから、いまだにみんな出社して苦労しています。でも、僕は転職してリモートワークができるから変われたんです」と話していました。
しかし、私は彼に強烈な違和感を感じました。
紙ベースの古い企業であっても、みんなで取り組めば変われるはずです。
「うちは古いから無理だ」という姿勢は思考停止です。
今の環境で変えていくべきことが見えているならば、そこに取り組んでほしいというのが私の想いです。
違和感を感じてながらも、何もしない人が多すぎるのです。
私の言葉に共鳴してくれる人が多いのは、みなさんが抱えている「違和感」を言葉にしているからです。
これまで私は警鐘を鳴らし「気をつけて備えろ」と伝えていましたが、今回はもう既に火事が起こってしまいました。
この違和感に対してどのように行動するのかという問いが、我々に突きつけられています。
300人で歴史を変える
若原 本日は様々なメッセージをいただきましたが、最後に伊藤さんの今後の展望をお聞かせください。
伊藤 今、私にはやりたいことが2つあります。
X-TANKコンサルティングを設立して4年が経過しようとしています。この4年間で大企業から中小企業、スタートアップまで様々な企業を支援してきましたが、経営者に共通していたのは不安を抱えていたことです。
今回のコロナ禍によって、全世界同時に更なる不安に陥っています。
私も含めてあらゆる人が不安を抱えているのです。会社が存続するのか、事業が継続するのか、自分がこのままで大丈夫なのかと不安を抱えているでしょう。
そこで、私はコミュニティを立ち上げます。(詳しくはこちら)
不安を持っている人々が集まり、切磋琢磨しながら前向きに将来を構築する場を作りたいのです。
ビジネスの経験が浅い方でも構いません。私はこの領域では知識を提供することができますから、基礎から体系的にビジネスを身につけることができるアカデミーにしたいですね。
その代わり、私にはない知識、例えばクリエイティブが強い方が参加してくれるならば、私も学んでいきたいのです。
これまでの私は「ぶっ壊してから何か作ろう」という感覚を持っていました。
ただ、今回は図らずもぶっ壊れてしまったのです。
不安を抱えたまま滅びるのが嫌だと感じる方々と、一緒に新しいスタンダード、一緒に「これから」を創っていきたいと考えています。決して私が偉そうにビジネスを語る場にするつもりはありません。
若原 もうひとつはどのような展望なのでしょうか?
伊藤 この4年間はコンサルタントとしての支援を行っていましたが、もっと内部に入って経営改革の推進をしたいと考えています。
私1人が参画するとは限りません。
コミュニティのチームで経営改革に取り組むことも視野に入れています。コミュニティで磨いた知見を、実際の経営に昇華させていきたいのです。
300人の異端児が集まれば歴史は変わる。
私は「300X」というコンセプトを掲げてきました。
「X」とは「異端児」を意味します。300人の同志が集まれば、日本を変革する原動力になるのです。
このコミュニティから本当に戦える300人規模の集団を作っていくことが、次に私がやるべきことなのだと思いますね。
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X-TANKコンサルティングのCEOである伊藤嘉明氏は、数年前から「VUCA」への警鐘を鳴らし続けていました。
そして2020年、新型コロナウィルスの影響で社会はまさにVUCA的変化に直面しています。
私たちは「ポストコロナ」時代をどのように生き抜いていけばよいのでしょうか?
Treasure Dataのエバンジェリスト若原強がお話を伺いました。
「予測できない未来」と「予測できる未来」
若原 伊藤さんには、私たちTreasure Dataが主催するイベント「PLAZMA」に、過去4回ご登壇いただいています。その講演の内容を振り返ってみると「VUCAに対応せよ」という一貫したメッセージがありますよね。
改めて確認すると「VUCA」とは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字から成り、「変化が激しく予測不可能」であることを意味するキーワードです。
現在の新型コロナウィルスがもたらしている影響は、まさにこのVUCAそのものですよね。
まず、この「時代の節目」に、伊藤さんが何を感じているのかお聞かせください。
伊藤 本日お伝えしたいことのひとつなのですが、これからの時代、特に日本社会では、従来よりも「個の必然性」が強くなっていくと私は考えています。
そもそもVUCAとは、軍事用語としてアメリカで冷戦時代に生まれた言葉です。
2000年代初頭に再び注目され始め、海外ではこの3年ほどでとても脚光を浴びているキーワードでもあります。
つまり、VUCAという考え方は決して新しいものではないのです。
若原 冷戦時代からと考えれば、VUCAという言葉は30年近く前から存在しているわけですよね。
伊藤 未来を予測することは不可能です。しかし、同時にある程度予測できる部分も存在します。その予測可能な部分に対して、どれだけ準備できるかが肝になるのです。
現在、日本だけではなく、世界中で様々な業態の多くの企業が大変な苦労をしています。
ビジネスが立ち行かなくなってしまった企業も少なくありません。ただ、このような状況下でも、予測可能な部分に対して準備をしていた企業は軽症で済んでいます。
今回の新型コロナウィルスも全く予想できなかったわけではありません。例えば、オバマ政権はこのような新しいパンデミックへの備えをしていました。
ところが、トランプ政権はパンデミック対策の予算を大幅に削減し、結果はご存知の通りです。
ある事象が発生した後に実際にうまく対応できるかどうかは別の話ですが、普段からどのように備えるのかが非常に意味を持つのです。
日本は災害大国です。30年以内に大きな直下型地震が東京を襲う確率が70%だと言われていますよね。ここまでは予測ができているわけです。
ただ、その地震が1年後に発生するのか、明日発生するのかは予測ができません。
若原 今後の企業にとって、「将来の予測可能な部分に備える」ことは、とても重要なポイントになりますね。
伊藤 そうですね。さらにそれは企業に限らず、個人レベルでも同様です。なぜならば、組織とは個の集団だからです。
日本では「個は組織に属する」という見方がまだ強いかもしれません。
ただ、冒頭に申し上げた通り、今後はこれまで以上に「個の必然性」が強くなり、「個がどのように活きていくか」が組織にも反映されていくでしょう。
そして、「個が反映された組織」が繁栄していくと私は考えています。反対に「個が組織に属する」という旧態依然な組織のままでは、非常に苦労するはずです。
Which Side Are You On?
若原 経済や産業の視点で見ると、過去に例をみない新型コロナウィルスの影響はどのようなものだとお考えですか?
伊藤 今回のパンデミックでは各国で多くの死者が出ています。アメリカでの死者数は、第一次世界大戦での犠牲者数を上回りました。たしかに大きな惨事であることは間違いありません。
ただ、「産業と経済に与えるインパクト」という見方をするならば、このようなインパクトは過去にも起こっているのです。
戦争もその一例ですが、最も大きなものはインターネットの出現です。
インターネットが世の中を大きく変えたことに異論を持つ人はいないでしょう。さらにこの十数年はスマートフォンが世の中にインパクトを与えていますよね。
インターネットが存在する世界へとシフトした段階で、産業やビジネスの在り方、私たちの生き方は変わりました。その波に乗るのかどうかで、衰退産業になってしまうのか、生き残れるのかが変わってきます。
若原 VUCAと聞くとネガティブな変化ばかりイメージしていたのですが、確かにインターネットの出現・普及などポジティブな変化もありますよね。ハッとさせられました。
伊藤 結局は「どちらの側に立つか」なのです。私たちはインターネットをポジティブに捉えますが、当時インターネットによって職を奪われた人は当然ネガティブなイメージを持ったでしょう。
もっと古い話では、コンピュータの出現でタイプライターの会社は一掃されてしまいましたよね。
ですから、変革・変化が起こる際には、「自分がどちらの側にいるか」、もっと言えば「自分はどちらの側にいたいか」というのがポイントなのです。
「変化についていかない」というジャッジをした人間は、もちろん変化に対応できませんから衰退するしかありません。
ただし、厳しい言い方ですがそれも自分の選択です。「変化についていくかどうか」「予測可能な部分に対して準備をするかどうか」の選択権は個々にあるのです。
リモートワークで成果が出ても、通勤が再開した。
若原 「VUCAに対応する」とは、個人の問題、個人の捉え方でもあるということですね。
伊藤 キーとなるのは個人だと私は思っています。繰り返しになりますが、結局、組織を作るのは個人なのです。
私も複数の会社に経営陣として参画してきました。その経験から言えることは「社長や経営陣でも、社員全員の気持ちは理解できない」ということです。理解したい気持ちはあっても、不可能なのです。
社員の顔や名前、家族構成を理解できるのは100人くらいの規模までです。1,000人、1万人となると覚えていられませんし、10万人ともなれば、会ったことがない社員がほとんどでしょう。
もちろん、社長は「会社にとって何がベストか」を常に考えています。でも、現場のことは現場の社員の方がよくわかっている。だから、自分で実情を伝えればいい。
それが1人では難しければ、横でつながって動けばいいのです。
しかし、そのようなムーブメントが起こらなければ、体制に文句を言って終わってしまいます。不満を感じながらも行動はせず、愚痴だけこぼす状態には「思考停止」という言葉がよく当てはまりますよね。
「うちは製造業だからリモートワークできないんです」という人もいるでしょう。
それでも何か対応できる方法を考えたり、プロセスを変えていったりしなければ、「インターネットの出現」と同じ運命をたどります。消えていく産業に浸っていていいのでしょうか?
若原 「緊急事態宣言が解除されてよかった。元に戻ろう」ではなく、本質的にどうすべきなのかを考えなければいけませんよね。
伊藤 新型コロナウィルスに関して言えば、まだワクチンもできていませんし、感染のリスクがなくなったわけでもありません。緊急事態宣言下と根本的な状況は変わっていませんよね。
多くの人は気がついていると思います。あるいは、気がついているけど、向き合いたくないのかもしれません。でも、元の世界にはもう戻りません。戻ることはできないのです。
私はこれまでに様々な会社で「変化しましょう」と働きかける変革ドライバーとしての役割を担ってきました。でも、変えられたのは組織やモノの一部でしかありません。
今回は「変化しましょう」というレベルを超え、「世界が根底から壊れてしまった」と私は捉えています。
壊れ方が尋常ではないので、インパクトは徐々に来るのでしょう。
この状況下で「元に戻る」、あるいは「既に元に戻った」と考えるのは、正常性バイアスに他なりません。私は「ビフォーコロナ」に戻ることはないと考えています。
「ポストコロナ」に求められる働き方の三原則
若原 「元に戻る」と思考停止するのではなく、どのようにすれば浮かび上がってきた課題を解決しながら前に進めるのか、考えをお聞かせいただけますか。
伊藤 この2年間、私はVUCAに適応するためのいくつかのキーワードを提唱してきました。今、世界が壊れ始めてしまったことに気づいた方々には、改めて「働き方の三原則」を伝えたいですね。
1つ目の原則は「自分の直感を信じる」こと。
私たち人間も動物ですから、他の動物と同じように危険察知能力を持っているはずです。「なんかやばいよね」という感覚です。
例えば、新型コロナウィルスに対しての自分の行動を振り返ってみてください。
「感染が怖いからマスクをしよう」「この地域で感染が拡大しているから外出を控えよう」など、何が正解かはわからずとも、様々な基準の中から最終的に自分で判断して動きましたよね。
ビジネスもそれと同じです。自分が何かするときに感じる違和感、あるいは同調できる、共鳴できる感覚ってありますよね。
「この企画はどこかおかしいな」「この人の言っていることはおもしろいな」といった価値観は、今まで以上に大切になってきます。
思考停止の人々は衰退していきますから、「このままではやばい」と気づいている方は自分個人の直感を信じてください。その直感は、ほとんどの場合正しいものです。
次の原則は「業界の常識を無視する」こと。
「今日の常識」は、明日には常識ではないかもしれません。
それこそ、非常事態宣言が出る前と、解除後の現在では常識は大きく変わっています。3月の常識を現在に持ち出して行動することは、とても滑稽に感じるはずです。
業界の常識も同じことなのです。
私は斜陽産業と呼ばれる業界においても、数社の立て直しをしました。その経験があるからこそ言えることですが、思い切りもがいてあがいて、何か新しいことをしない限り再生は実現できません。
この「もがきあがき」は、過去の常識からの決別を意味します。そうでなければ、新しいアイディアは生まれません。ですから、業界の常識には意味がないのです。
そして、最後の原則は「知識・経験よりも姿勢」です。知識と経験はもちろん大切です。知識や経験を持つ人間をないがしろにしろと言っているわけではありません。
ただ、それがすべてではない。逆に業界の常識や知識がなくても「こういう考えを持っています」「こんなことができます」という自身の姿勢が形を作っていくわけです。
そして、この三原則が「差異力」につながります。
「差別化」とは違う「差異力」って?
若原 伊藤さんは「差異力が重要になる」とずっと主張されていますよね。この「差異力」について改めて教えてください。
伊藤 先ほどの三原則からつながるのですが、「知らないこと」が武器になるのが「差異力」の考え方です。それは差別化とは全く異なる概念です。
差別化とはある土俵の中で「自分は異なるんだ」と表明し、別の土俵で戦うことです。
それに対して「差異力」とは、同じ土俵にいながらも自分は異なるものを持っていると示す力です。
「知識や経験は否定しませんが、私だけが持っている新しいものも持ち込みますよ」という姿勢ですね。
新型コロナウィルスの感染者を少なく抑え込んだ東アジアや東南アジアでは、既に模索が始まっています。
日本はまだ模索を始めるのには時期尚早なのかもしれませんが、ビジネスを運営する立場の人間としては動きを止めることはできません。
経済を止めてしまうわけにはいきませんから、新型コロナウィルスと共存していく道を探していくことが大切なのです。
この未知の脅威と共存するために、業界の常識が役に立たないことは明確ですよね。新たな常識を今日作ればいいのです。
若原 そして、その常識も古くなれば、また別の常識を作っていけばいいわけですよね。
伊藤 おっしゃる通りです。そのように考えると知識や経験よりも姿勢が重要な理由もご理解いただけると思います。
また、よくありがちなのが「前にやってダメだったから」という理由でアイディアをつぶしてしまうパターンです。でも、実はそのアイディアが早すぎただけかもしれません。
私は様々な企業再生に取り掛かる際には、まず始めに「今までボツにしたアイディアを出して」とリクエストします。
せっかくトゲのあるアイディアでも、中間管理職や経営陣など「偉い人」に上がっていくと丸くなってしまうことがありますよね。
「ウニ」が「ボール」になってしまうわけです。これでは全くの別物です。
若原 そこで「元のウニを出してください」と言うわけですね。
「違和感を感じたら転職」が間違っている理由
若原 伊藤さんは「自分の人生を他人に委ねるな」「居心地のよいコンフォートゾーンからは抜け出せ」というメッセージも発信し続けています。
自分で行動せず、変化もしないリスクはここまでのお話でとても理解できました。
ただ、業務においては自分で判断せず、ある意味「思考停止」が効率的な場面もありますよね。その線引きはどのように捉えればいいのでしょうか?
伊藤 仕事の中では「こうしなさい」とルールが定まっていて、そのルールに従えば効率がいいことは当然あります。
私は何も「異端児になってすべてのルールに反対しろ」と言っているわけではありません。
それではただの「ワガママ坊主」です(笑)。
では、どのようなタイミングで他人に委ねず、自分で判断すればいいのか。難しいように感じるかもしれませんが、「自分の人生」という視点からどうしたいかで決めればいいのです。
これが最も簡単な方法です。私はいつもそのモノサシに立ち返って判断していますね。
それは自分の人生でリーダーになるのか、フォロワーになるのかという話です。結局は「自分がどうありたいのか」に尽きるのです。そのように考えると、やはり「違和感」を大切にすべきですよね。
他人に「死ね」と言われても、死ぬことはありません。それと同じです。
新型コロナウィルスの感染リスクを恐れながらも満員電車に毎日乗っている人は、「自分の命を危険にさらしてまでしたい仕事なのか」と考えてみるといいでしょう。
自分がどうありたいかを改めて考えてみてください。
私が伝えたいのは「自分の基準に合わなければ転職すればいい」という単純な話ではありません。
日本では気軽に転職はできないので、まずは違和感を覚えた事柄を、現在の環境で自分で変えるために動けばいいのです。
若原 ありがとうございます。とても腹落ちしました。
伊藤 この自粛期間中に、ウェブ会議システムを使って様々な人と話をしました。その中に前職で古い体質の企業にいて、最近IT系の企業に転職していた方がいました。
そして彼は「前の会社は紙やハンコの文化だから、いまだにみんな出社して苦労しています。でも、僕は転職してリモートワークができるから変われたんです」と話していました。
しかし、私は彼に強烈な違和感を感じました。
紙ベースの古い企業であっても、みんなで取り組めば変われるはずです。
「うちは古いから無理だ」という姿勢は思考停止です。
今の環境で変えていくべきことが見えているならば、そこに取り組んでほしいというのが私の想いです。
違和感を感じてながらも、何もしない人が多すぎるのです。
私の言葉に共鳴してくれる人が多いのは、みなさんが抱えている「違和感」を言葉にしているからです。
これまで私は警鐘を鳴らし「気をつけて備えろ」と伝えていましたが、今回はもう既に火事が起こってしまいました。
この違和感に対してどのように行動するのかという問いが、我々に突きつけられています。
300人で歴史を変える
若原 本日は様々なメッセージをいただきましたが、最後に伊藤さんの今後の展望をお聞かせください。
伊藤 今、私にはやりたいことが2つあります。
X-TANKコンサルティングを設立して4年が経過しようとしています。この4年間で大企業から中小企業、スタートアップまで様々な企業を支援してきましたが、経営者に共通していたのは不安を抱えていたことです。
今回のコロナ禍によって、全世界同時に更なる不安に陥っています。
私も含めてあらゆる人が不安を抱えているのです。会社が存続するのか、事業が継続するのか、自分がこのままで大丈夫なのかと不安を抱えているでしょう。
そこで、私はコミュニティを立ち上げます。(詳しくはこちら)
不安を持っている人々が集まり、切磋琢磨しながら前向きに将来を構築する場を作りたいのです。
ビジネスの経験が浅い方でも構いません。私はこの領域では知識を提供することができますから、基礎から体系的にビジネスを身につけることができるアカデミーにしたいですね。
その代わり、私にはない知識、例えばクリエイティブが強い方が参加してくれるならば、私も学んでいきたいのです。
これまでの私は「ぶっ壊してから何か作ろう」という感覚を持っていました。
ただ、今回は図らずもぶっ壊れてしまったのです。
不安を抱えたまま滅びるのが嫌だと感じる方々と、一緒に新しいスタンダード、一緒に「これから」を創っていきたいと考えています。決して私が偉そうにビジネスを語る場にするつもりはありません。
若原 もうひとつはどのような展望なのでしょうか?
伊藤 この4年間はコンサルタントとしての支援を行っていましたが、もっと内部に入って経営改革の推進をしたいと考えています。
私1人が参画するとは限りません。
コミュニティのチームで経営改革に取り組むことも視野に入れています。コミュニティで磨いた知見を、実際の経営に昇華させていきたいのです。
300人の異端児が集まれば歴史は変わる。
私は「300X」というコンセプトを掲げてきました。
「X」とは「異端児」を意味します。300人の同志が集まれば、日本を変革する原動力になるのです。
このコミュニティから本当に戦える300人規模の集団を作っていくことが、次に私がやるべきことなのだと思いますね。