生産年齢人口の減少が世界的な課題になる中、企業の「生産性向上」の取り組みが注目されています。ただ、日本では労働生産性の低さがあらためて浮き彫りになっています。
(前編「ロボットが人間にとって代わる仕事とは?」はこちら:企業の「生産性向上」は改革の重要テーマのひとつであり、近年、企業側の取り組みがますます注目されている)
労働生産性は、労働者1人が1時間当たりに生み出す成果を金額換算して評価します。公益財団法人 日本生産本部が発表したデータによれば、2017年の日本の労働生産性は、OECD加盟36カ国中21位と極めて低い水準にあり、1位のアイルランドと比べるとその生産性は半分にも及びません。
(出典:公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較2018 」※同本部より許諾を得て掲載)
なぜ低い? 日本の労働生産性
ここで、なぜ日本の労働生産性は低いのか、考えてみましょう。
統計的に見ると、労働生産性と賃金には密接な関係があり、労働生産性が高い国ほど労働時間が短くなる傾向にあります。日本では残業時間が多いため、労働生産性が低くなっているという解釈が成り立つでしょう。労働生産性が低いということは、労働時間が長い割に賃金が低い状況にあるということです。あまり嬉しいことではありませんね。
労働生産性を決める要素を因数分解すると、「アウトプットの価値」、「労働者数」、「労働時間」の3つになります。したがって労働生産性を上げる方法は3つあり、「アウトプットの価値を上げる」か、価値を下げることなく「労働者数を減らす」あるいは「労働時間を減らす」です。労働生産性が他国と比べて低いという現状から、日本は次の可能性があります。つまり、「アウトプットの価値が低い」、「労働者数が多過ぎる」、「労働時間をかけ過ぎている」です。
日本の製造業は世界的に見ても非常に高い生産性を誇っていると言われてきました。しかし、製造業において生産性が優れているのは、“製造現場”です。製造現場以外の生産性は必ずしも高くないというのが実情です。
製造現場の生産性が高い理由は、作業改善が伝統的に行われているからです。その結果、現場ゴトではあるものの、作業を標準化し、業務ルールを決め、誰がやっても一定の品質で仕事が仕上がるように教育・統制がされてきました。
これに対して営業や企画、人事といった間接部門では業務標準化の遅れが顕著で、業務が各人の判断に任されていることも多く、個人の裁量が比較的広く残されています。逆に言えば、人間による作業品質のばらつきがそのまま放置されている状況です。
仕事をきちんと標準化せず属人化させてしまうと、担当者によって品質にばらつきのある高コストの仕事になってしまいます。一方、業務が標準化できれば、専門的な知識を持たない担当者でも大量に処理ができるようになります。そこから標準化された業務を外部化できれば、さらに効率化が進み、労働生産性を大きく向上させることが可能です。
注目を浴びるRPA
間接部門の業務を効率化する取り組みとしては、IT(Information Technology)活用が代表例でしょう。その最新のアプローチとして2017年ころから急速に注目度を増しているのがRPA(Robotic Process Automation)です。
RPAは、オフィスにおいて旧来は人間の担当者が処理していた定型的なデスクワークをソフトウェア型のロボットに代行させる技術です。労働人口の減少や高齢化、働き方改革に対する関心の高まり、業務のコスト削減や均一化などを背景に、幅広い業種・業務に導入が進んでいます。
昨今では、データ入力業務においてRPAとOCR(Optical Character Recognition:光学文字認識)を連携活用し、業務の効率化を目指す企業が増えています。従来OCRは文字認識精度の問題から企業での導入対象業務が限定的でしたが、近年のAI活用による認識精度やデータの自動抽出機能の向上によって適用領域が拡がっています。
市場調査会社のITRによれば、日本国内のRPA市場は2017年度に売上金額35億円、前年度比約4.4倍の急速な伸びを示しており、2017~2022年度のCAGR(年平均成長率)は62.8%、2022年度の市場規模は400億円に成長すると予測されています。
(出典:ITR「ITR Market View:RPA/OCR/BPM市場2018 」※ITRより許諾を得て掲載)
日本では少子高齢化の進展に伴う人材不足で、企業は容易に人を増やすことができない状況にあります。定型業務をRPAに置き換えれば、その分の労働力を他の業務に融通できるようになるメリットがあります。また、働き方改革の推進にもRPAは有効です。働き方改革では労働時間の削減が目標となることが多く、RPAを活用することで人間が時間を割いていた業務量を削減でき、生産性向上に寄与できます。
AIやIoTなどのデジタル技術を用いた新しい取り組みへの機運が多くの企業で高まっていますが、デジタル化による生産性向上は、標準化された業務に適用するとより早期に効果が得られます。
製造業の生産性をさらに高めるには?
世界的に見ても非常に高い生産性を維持してきた日本の製造業ですが、その生産性の向上が頭打ちになりつつあるという課題があります。
前述の通り、これまで製造業の現場では数多くの業務改善の工夫や生産に関わる見直しに努力が注がれてきました。しかし近年はその改善が行き詰まり、なかなか向上しなくなっていると言われています。その要因としては、生産性向上の取り組みが、改善によるコスト削減に偏重していることが考えられるでしょう。
製造業における改善とは、既存の業務オペレーションを見直すことでさまざまな「ムリ・ムダ・ムラ」を無くし、コストを削減していく取り組みです。それに対し、生産性向上は、業務の結果として生み出される製品やそれに紐づくサービスの価値の総量を増やしていく取り組みと言えます。
ここで言う価値とは、ユーザーが「モノやサービスを購入・利用する理由」です。生産現場の改善のみに生産性向上を頼るのではなく、サービス化によりユーザーが製品を利用するタイミングごとに収益機会が増大するビジネスモデルに転換するなど、事業または企業全体としての価値の創出量を増やすことで生産性を向上させることに取り組む。それができるかどうか、今まさにその転換点に差し掛かっているのです。
製造業を支えてきた匠の力をデジタル化
日本の製造業では、“匠(たくみ)”と呼ばれる熟練技能者の技能、およびその伝承と進化が、モノづくりの品質や製造技術の維持・向上を支えてきました。
そうした匠の技能は、現場における製造や加工の技術を向上させるうえで重要な要素です。それを匠個人の技能として現場で活かすだけでなく、匠の技能(暗黙知)を早急に形式知化するとともに、人間が把握しきれなかった部分を補完し、データを効率よく分析・活用することが必要です。
匠の技能をデジタル化することで、標準的な製造オペレーションの中にその技術を取り入れ、企業知とし、匠の技を伝承しやすくしておく。その備えが求められており、具体策としてデジタル技術が活用され始めています。生産年齢人口の減少、匠の高年齢化も進行していますから、時間的な猶予はそれほどありません。
デジタル技術を用いた匠の技の伝承では、匠が把握していた製造時のデータを“見える化”するとともに、そうしたデータを活用して不良品や設備異常の予兆を検知する仕組みを確立し、さらにAIなどで自動化・自律化を実現していきます。加えて、人間の担当者の動きをビデオのようなデジタル情報に変換し、分析・活用していく方法もあります。
匠の技の伝承にこのようなデジタル技術を用いることには3つの意味があると筆者は考えています。
1つ目は、従来は人間と人間の間で暗黙知によって伝承されてきた熟練技能者の技能を早急に形式知化し、新しい担当者への伝承や育成にかかる期間を短縮すること。
2つ目は、ロボットやAIなどに代替可能な匠の技能を見極め、それをデジタル化して伝承可能にすることで、人間が行う作業範囲を縮小すること。
3つ目は、匠でも把握しきれなかったことをデジタル側から補完し、データを効率よく分析・活用するための施策につなげること。
人間の目視や経験によるデータ解析には限界があります。デジタルの技術を用いて日本の強みを維持・発展させていく取り組みが、いま企業に求められています。
デジタルと人間の適材適所がカギ
今後急激に生産年齢人口が減少する日本では、労働生産性を高め、強みである製造業においても生産性を維持・発展させ続けることが極めて重要な課題です。その処方せんは、間接業務の標準化・自動化。そして、個々の担当者に依存している業務ノウハウのデジタル化です。
テジタルの力で実現可能な業務はデジタルに任せ、人間は人間でなければ対応できない業務にシフトしていく。これが、日本企業の生産性を大きく向上させるカギとなります。