500社の知見から紐解く、ABMを推進する前提とポイント
BtoBのビジネスには高度なマーケティングが求められます。その代表例とも言えるABM(Account Based Marketing /アカウントベースドマーケティング)へ注目が集まる一方、ABMを展開し成功させるためには何が必要なのでしょうか。
500社以上の企業におけるマーケティングを支援してきたシンフォニーマーケティング株式会社の庭山一郎氏から、ABMに取り組むために求められるヒントを伺いました。聞き手はトレジャーデータの堀内健后です。
(本記事は、2022年12月8日に開催したウェビナーの内容を抜粋、編集して執筆しています)
<目次>
ABMを企業で展開するための2つの前提
堀内:ABMに取り組むにあたって、向いている企業の特徴はありますか?
庭山:取り組む企業自体の規模は関係ありませんが、ターゲットとする企業が中小零細の場合、ABMは向いていません。例えば従業員が30〜50人の中小企業を考えてみましょう。その場合、実質的な意思決定者は1人か2人かと思います。それであれば、意思決定者を絞り込んで販売するABS(Account Based Selling)の手法を選択するのが適切です。 意思決定者や情報を届けたい人がたくさんいる、中堅から大企業規模のエンタープライズがターゲットでなければ、ABMは必要ないと思います。
堀内:組織が大きく、さまざまな部門や部署があって、そのなかから売上を最大化するような目的でなければ、ABMは最適ではないということですね。
庭山:自社の販売環境という観点では、商材が単品の場合も難しいです。ABMはクロスセル、アップセルが前提のマーケティング活動により効果を発揮するとされています。
堀内:イゴール・アンゾフの成長マトリクスで捉えれば、既存市場に対して新商品を販売するのがABMということですね。
庭山:そうですね。まとめますと、ターゲット企業に意思決定者が複数存在すること、多部門に提案できるたくさんの商材が自社にあること。この2点を満たすことが、企業がABMを展開する前提です。
なお、基本的なことですが、商談単価(契約から1年以内の売上)が安すぎると、ABM以前に営業のリソースを割けません。また、既存のリードがないとABMにはなりませんから、ゼロから営業をスタートする場合なども対象外になります。
リアルな数字が営業部門の理解を得る鍵
堀内:マーケティング部門の活動が営業部門から理解されていないということが、B2B企業におけるマーケターの多くが抱いている悩みです。この課題は、どのようにクリアすればよいでしょうか?
庭山:私自身がABMの導入をお手伝いするケースでも、よく見受けられる課題です。 営業部門は、マーケティング自体が要らないと思っているわけではありません。自分たちのお客様にはその手法は必要ないと考えている事が多いのではないでしょうか。 顧客のことを最もよく知っているのは営業部門の担当者であり、今さらマーケティングで掘り起こせるようなニーズはない。むしろ、自分の顧客に、自分以外の、よく状況を知らない人間からメールが飛んだりしたら迷惑だと。
ある電子部品メーカーの事業部では、売上の70%を一社の大企業から得ていました。話を伺うと、その大企業専従の営業担当者が全国に30人いて、新たな案件機械を見逃すわけがないと言います。 では、その大企業に、自社製品のアップデートや新製品の情報を届ける対象であるエンジニアは何人いるのかと訪ねました。何人だったと思います? 7,000人もいるというのです。
堀内:7,000人!
庭山:それだけの人数を、30人の営業でカバーするのは無理ですよね。そこから現場の話をよく聞いてみると、実はターゲットのキーパーソンはグリップしているけれど、若手のエンジニアにはコンタクトできていない、といったような話がたくさん出てきたのです。 ABMの取り組みをはじめると、問い合わせや引き合いが劇的に増えたのです。それはそうですよね、そもそも情報が届いていなかったのですから。 そこから、マーケティング活動には価値があるという認識が社内に広がっていきました。このように、まずは「30名で7,000名」といったように、実際の数字を見せることは重要ですね。
堀内:見方を変えると、大企業内で引き合いがありシェアを取ったということは、取られた側がある、ということです。マーケティングおよびABMの導入が遅れると、競合他社に、また同じことをされてしまいますね。
庭山:その通りです。自分たちが排除される側に回ってしまう可能性があります。そのことが、ABMの考え方が提唱されて20年が経ちますが、今でもABMはB2Bマーケティングのメインストリームたり続けているゆえんとも言えますね。
データをもとに、コンテンツとリードのバランスを取る
堀内:ABMではメールやWebサイトでコンテンツを提供して、リードを育成していきます。LDO(Lead Data Optimization)の概念が重要になるということですね。
庭山:ある企業を例に取ります。その企業は中規模の電子部品メーカーで、設計部門を担当する役員をターゲットに販売したい商材を持っています。そのためマーケティング部門は、ターゲットに興味を持ってもらえるようなコンテンツを24個もつくっています。 ところが、この会社のデータベースには、ターゲットに合致するリードが1人もいません。現状でこの24個のコンテンツは、効果を発揮しないわけです。 一方、中規模の素材製造業の項目をみると、物流部門の課長クラスのリードは325件もあります。しかしこのリードを想定したコンテンツは皆無です。これではメールマガジンを受け取っても、配信停止やフィルターをかけて離脱していくことが想定されます。 コンテンツとリードの情報のバランスをとり、LDOを実施していくのはとても大事なことだと理解いただけると思います。
堀内:この企業が行うべきは、325件のリードを活かすために物流部門の商材とコンテンツを用意するか、すでに商材とコンテンツがある電子部品製造部門のリードジェネレーションを行うか、ですね。
庭山:そのとおりです。しかし、その判断が的確にできている日本企業は多くありません。データをベースにして、営業とマーケティングをマネジメントしていないからですね。 マーケティング組織を作るときに、コンテンツ部隊とデータマネジメント部隊は、絶対に離してはいけません。
ABMを成功に導く3つのポイントーコンテンツ、リードの分類、データ統合
堀内:コンテンツを作る上でのポイントがあれば教えて下さい。
庭山:リードのデータベースが3万件あった場合、その全員に「刺さる」情報を提供するのではなく、その中の30人を選んで、ドキッとするようなコンテンツを提供するのがABMです。私が大切にしているのは、非常に専門性の高い、分かる人にしか分からない表現です。 例えば半導体製造の業界では、専門家は真空のことを真空計の圧力の数字で表します。一般的には意味不明だけれど、その道の専門家には確実にわかる表現を混ぜてコンテンツをつくると、狭いターゲットにとても響くことがわかっています。
堀内:専門的なコンテンツが増えればSEOにも貢献しますし、専門性の高い方から有益なコンテンツだよと部署内で薦めてもらえれば、認知も広がりますね。 コンテンツを最適なターゲットに届けるには、リードの分類が重要かと思います。部署や役職を整理して、きれいなデータをつくるコツはありますか?
庭山:名前の次にスタティックな個人情報は所属企業、その次がメールアドレスです。この3つをベースに、部署や役職を管理していきます。 とはいえ、部署や役職は企業によってバラバラですから、最大公約数を取っていくしかありません。例えば、役職は執行役員、事業本部長以上をC(経営)クラス、その下から課長補佐までの間をM(マネジメント)クラス、それ以外はスタッフクラスと分類します。日本企業なら、これでほとんどカバーできるはずです。
堀内:リードの分類は大変な作業です。まずはざっくり分類するというのは、効率的な方法だと感じました。 最後に、LDOやABMを推進する上で、有効なツールはありますか?
庭山:一般的なSFAやMAを活用していて、さらにCDPがあれば、他のツールはさほど必要ないかと思います。 ABMは既存の顧客が対象です。リターゲティングなどの手法は必要なく、むしろしつこい広告で得意先から嫌われては、営業としては大問題です。B2Bでは慎重で高度なマーケティングが求められます。コンテンツやデータのマネジメントや組織の構築のほうが大切なのです。 そのためには、全社の個人情報とコンテンツを統合管理するデマンドセンターが欠かせません。そして、デマンドセンターがデータを集約してリッチにしていくには、CDPはどうしても必要です。
堀内:部門間を連携してデータを統合しリッチ化することはCDPが最も得意とする領域ですね。
庭山:ABMのオピニオンリーダーとして知られるジョン・ミラーは、「Account Based Everything」と言っています。つまり、全社をABMに最適化しないことにはうまく行かないということですが、それは私の経験に則っても正しいと言うことができますね。
<スピーカー>
庭山 一郎 氏
シンフォニーマーケティング株式会社
代表取締役
1990年にシンフォニーマーケティングを設立、代表取締役就任。製造業、IT、卸売業など300社を超えるBtoB企業のマーケティングプロジェクトを手がけ、その経験から国内・海外向けのマーケティングコンサル、運用支援と研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。著書に「BtoBマーケティング偏差値 UP」「究極のBtoBマーケティング ABM」ほか多数。