Cookieの利用に厳しい規制がかかろうとしている今、どのように顧客理解を深めるかがマーケターにとって喫緊の課題となっている。特に、消費者ニーズの変化をリアルタイムで捉えることが求められる「食」や「ファッション」といった分野では、顧客理解こそがビジネスの成否を分けると言っても過言ではない。
この課題を解決する方法の1つとして、「良質なライフスタイルメディアの活用」を提案するのが、株式会社ハースト婦人画報社(以下、ハースト) HEARST Data Studio ジェネラルマネージャーの前西 克哉氏だ。今回はハーストの事例を通じて、ライフスタイルメディアを活用した顧客理解のヒントをお伝えする。
前西 克哉 氏
株式会社ハースト婦人画報社
HEARST MEDIA SOLUTIONS HEARST Data Studio General Manager
Yahoo!JAPANの広告営業を経て、2011年にハースト婦人画報社に入社。25ans(ヴァンサンカン)の雑誌及びオンラインの広告営業を担当した後、部門を横断したハーストプロジェクト推進室の責任者に。ハーストが保有する18メディア横断型イベントで毎年約5000名参加規模の「ハースト ビューティフェスティバル」の企画運営をリード、2019年9月に新設したデータ事業、Hearst Data Studioの立上げと企画営業を管掌。
<目次>
良質なライフスタイルメディアを多数運営する「ハーストの強み」
ハーストのビジネスとして第一に挙げられるのは「メディア運営」だ。富裕層をターゲットに「婦人画報」、「25ans」、インターナショナルモード誌である「ELLE」や「Harper’s BAZAAR」、メンズメディアの「Esquire」、ライフスタイルメディアの「ELLE Décor」、「25ans Wedding」、「ELLE Gournet」など、多彩なメディアラインナップを揃えている。
これにより、ハーストが蓄積するファーストパーティデータも膨大になっている。Web訪問者は月間約3,000万ユーザーで、主にオンラインイベントの参加やeコマースの購買によって取得される「HEARST ID」は約85万を数える。アンケートは年間150以上実施しており、顧客理解を徹底的に深めている。
ハーストはそれらのデータを土台に、さまざまなビジネスを展開している。例えば、eコマースもその1つだ。「ELLE SHOP」や「婦人画報」ではお取り寄せサービスも提供している。
また、ハーストは「広告ビジネス」も積極的に展開している。デジタルマーケティングやリサーチなどの各領域による横断チーム「HEARST Data Studio」を2019年9月に日本で組織化し、ハーストが揃える多彩なメディア群を掛け合わせ、それまでサイロ化していたメディア単位のデータをハースト全体のデータとして統合した。これにより、多様化する顧客のニーズを汲み取り、広告主のコミュニケーション施策をより充実したものにできる体制が整った。
Cookieレスに対応する、プライバシーを尊重した顧客体験づくり
ハーストはCookieレス時代への対応にも余念がない。近年、Cookieを活用したリターゲティングや行動ターゲティングに対する消費者の目が厳しくなっているのに加え、個人情報保護の観点から、WebブラウザでサードパーティCookieの利用制限が加速しており、デジタルマーケティング業界は新たな局面を迎えている。
前西氏はこの状況について「未知の顧客・見込み客をロイヤルカスタマーに変えていくという本質は変わらない。しかしそれを実現するには、真に顧客が求めているものを理解して顧客体験に落とし込むことが求められる」と述べる。さらに「顧客が接するWebコンテンツは、顧客のリアルな興味・関心を表しており、購買マインドやコンテキストを理解するキーとして重要度を増している」と語る。
実際、ハーストはCookieレスの状況に伴う直接的な打撃は少ないという。ターゲティングメディアの特性上、顧客プロファイルがはっきりしているのが大きい。
加えて「ハーストでは顧客のニーズをリアルタイムで把握するために、4つの取り組みを進めている」と前西氏は明かす。
1つ目は、顧客が興味・関心を持っていることをリアルタイムで捉えるコンテキストマッチ型セグメント配信の実施だ。しかも、メディアごとのデータ統合を進めたハーストでは、メディアを横断した施策の実行が可能となっている。
2つ目は、IDベースの顧客把握強化だ。特に、昨年はオンラインイベントに注力しており、チケット販売やオンライン受講からの導線を通じたID取得が増えたという。顧客が持つ興味関心の把握にもつながり、継続的にアプローチを行うことで、その後のメディアへのファン化も進んでいる。
3つ目は、115年続くメディアを運営するハーストならではの、編集長及び編集部の経験値で、非常に重要な資産となっている。経験を通じて制作したタイアップの効果を可視化するために、態度変容効果測定を実施している。
そして4つ目は、興味関心群での輪を広げるためのコミュニティ運営の強化だ。これは、データの観点からすると「ユーザーが自ら提供するゼロパーティデータを増やすための施策にあたる」と前西氏は説明する。
ハーストでは、特色を生かした各メディアのファンをベースに、ファンが示す強い興味・関心を軸にして、直接コミュニケーションがとれるコミュニティの場を積極的に形成している。前西氏が「今後、より強化するポイント」と述べるように、顧客とのエンゲージメントを深め、興味・関心をより精緻につかめるよう努めている。
コロナ禍で顕在化した消費者ニーズの変化
このような取り組みを進めた結果、ハーストではコロナ禍で明らかになった顧客ニーズの変化を捉えることに成功している。
ハーストのGoogle Analyticsデータによれば、ハーストメディアの関心ごとベスト3は以下の通りだ。
1位の「Lifestyles & Hobbies / Green Living Enthusiasts(環境にやさしい生活を送る人)」はサスティナブル志向が高い読者と想定される。その傾向は年々強まり、2021年には1番の関心事になっている。また「料理」もコロナ禍前より関心が集まっており、ハーストの男性向けメディア、ファッションメディアの全てのユーザーを対象にしたランキングでも「Food & Dining / Cooking Enthusiasts(かんたんな料理好き)」が総合2位となった。さらに、ネットでの消費行動が増えた影響で、「Shoppers / Values Shoppers(買い物好き/節約志向)」にも関心が向いているという。
またコロナ禍の影響もあり、急上昇している興味関心ごとがあることも明らかになった。例えば映画鑑賞や、自宅周辺で楽しめるペットとの活動、写真撮影などの順位が高まっていることが見て取れる。
さらに、ハーストだからこそ得られる興味深いインサイトもある。Treasure Data CDPを活用し、顧客の興味関心カテゴリーを抽出すると、そこから浮かび上がってくるのは「健康・ダイエット」への興味関心の高まりだった。これは、顧客層のうち子どもあり世帯は34パーセントを占め、かつ年収1,000万円以上の世帯が30パーセントを占めているハーストならではの特徴とも言える。
とりわけ「食」にテーマを絞ると興味深い結果が出てくる。フード関心層の多い「ELLE Gourmet」では、従来では人気レストランやおもてなしのためのレシピへの関心が高い傾向にあったが、最近は健康に関する食への関心が高まっていることが明らかになっている。また、このような傾向は「婦人画報」など他のメディアでも顕著だ。
このように、各メディアにどの程度に関心ユーザーがいるかを抽出することができるため、広告主は潜在ユーザーが多くいるメディアからの集客をかけたり、「今の読者のリアルな関心事」を理解した上で、アプローチメッセージを開発したりすることが可能だ。
広告主のマーケティングプランをトータルにサポートする部門である「ハースト メディア ソリューションズ」では、消費者の行動モデルに合わせて広告商品を提供している。
これらの取り組みからわかるように、ハーストでは良質なライフスタイルメディアを通じて、統合されたデータから施策を実施することで顧客とのエンゲージメントを高めている。その結果、ゼロパーティデータの収集やリアルタイムで顧客理解を深めることを実現するだけでなく、コミュニティの強化、EC事業の立ち上げも円滑に進んでいるという。また、それらの強みを広告主へのサポートにも生かしている。
Cookieレスの時代でも、これまで以上に深い顧客理解は可能である。ハーストの事例は、そのことを示している。