DIYがライフスタイルに組み込まれている世界を目指し、新たな顧客接点の拡張を積極的に進めている株式会社カインズ(以下、カインズ)。
カインズが目指す「お客様との理想的な関係性」と、そのための取り組みについて、代表取締役社長CEOの高家正行氏に、株式会社顧客時間の奥谷孝司氏が伺いました。
本記事はトレジャーデータ株式会社が主催した「PLAZMA21」(2021年12月開催)のセッションをもとに編集しています。
高家 正行 氏
株式会社カインズ
代表取締役社長 CEO
1963年、東京都生まれ。1985年、慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社三井銀行(現:株式会社三井住友銀行)に入行。1999年にA.T.カーニー株式会社に入社。2004年に株式会社ミスミ(現:株式会社ミスミグループ本社)に入社し、2008年に同社代表取締役社長に就任、2013年まで務める。2016年に株式会社カインズの取締役に就任。取締役副社長を経て、2019年に代表取締役社長、2021年から現職。
奥谷 孝司 氏
株式会社顧客時間
共同CEO 取締役
オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 / Lazuli株式会社 顧問。 1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。 2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、専門役員/COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。 2017年にEngagement Commerce Labを設立。 2020年からLazuli株式会社顧問。 2010年3月早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。2021年3月一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程単位取得満期退学。 著書に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)がある。日本マーケティング学会理事。
<目次>
お客様の接点、価値をどう創るか〜カインズ第3創業にあたって
高家 まず、カインズの紹介からさせていただきます。カインズは国内7位の流通グループであるベイシアグループに所属しています。スーパーマーケットのベイシアが母体ですが、コンビニエンスストアのフランチャイズをしているセーブオン、作業服販売のワークマンなど28社で構成されていて、カインズはホームセンター部門としてグループ売上規模の半分弱を占めています。
1989年の設立から成長を続けており、現在を「第3創業」の時代と位置づけています。実は日本のホームセンターのマーケットは、10年以上前から横ばいが続いている状況です。多店舗展開やオリジナル商品開発だけでは今後の長期的な成長は難しい。そこで、第3創業期では「いかにお客様との接点・価値を作っていくか」をテーマに据えて、さまざまな変革を進めています。
DIYを起点にしたコミュニティで「繋がっていることの価値」を創る
奥谷 カインズでは2019年11月から「DIYer100万人プロジェクト」をスタートされました。始めた目的と具体的な取り組み内容を教えてください。
高家 我々はホームセンターですから、DIYが事業の中心にあります。日本ではDIYというと、ちょっとハードルが高い印象を持たれやすいようです。
しかし、日曜大工のような工作だけでなく、ガーデニングや料理、あるいはキャンプなどもすべてDIYだと考えてみるとどうでしょうか? 自分のくらしを自分らしくすること、明るく楽しいくらしをつくること、これらもすべてDIYなのです。DIYがライフスタイルに組み込まれている世界・文化をつくることが「DIYer100万人プロジェクト」の目的です。
リアル店舗のプレイヤーである我々としては、DIYerを増やすには店舗とオンラインを融合していくことがキーポイントであると考えています。オフラインとオンラインの融合によって、これまでずっとお客様へのくらし提案を続けてきたカインズにしか出来ない、DIYを起点としたコミュニティを創ろうとしているのです。
これまではリアルな場で行うDIYワークショップが中心でした。そこにオンラインでお客様との繋がりを作る。例えば、オンライン上でお客様同士が自分の作ったものを披露しあったり、そこからお客様とお客様が繋がっていったりというコミュニティです。
奥谷 今風の言葉でいえば、カスタマージャーニーをオフラインもオンラインも融合させて、DIYを楽しくやっていこうということですね。小売としてものを売るだけでなく、体験自体を豊かにするのが、今回のプロジェクトのコアということでしょうか。
高家 おっしゃる通りです。従来ですと、DIYをやるためのコンテンツキットの提供のような、いわゆる機能的な価値をお客様に提供することが多かったと思います。そうではなく、お客様に体験価値を提供しようという発想です。
体験というのは人と人とのふれあい、接点がありますから、場や演出する人を創っていくことにも拡がります。そうした体験を通じてカインズとお客様が、あるいはお客様同士が繋がっていくエンゲージメントバリューを創っていきたいと考えています。
奥谷 デジタルを軸にしながら繋がりを可視化し、最終的には繋がり続けてもらう状態をカスタマーバリューとして目指すのは、まさにカスターサクセスの優れたロードマップです。小売業やメーカーでは、商品を提供することがミッションと考えるケースが多く、繋がることの価値を創っていくというのは新しい発想ですね。
高家 そうですね。いままではお客様にいかに店舗へ足を運んでもらうかとか、たくさん買い物をしてもらうかということに創意工夫を重ねてきました。しかし、お客様はなにかお困り事がある時に、くらしをこんなふうにしたいといった目的を持って来店されているわけです。レジで買い物が済んだら終わりではなく、お客様が商品を使って問題を解決したり、くらしを良くされたりすることで、ようやく我々の商品は価値を提供できる。そう考えると、店舗だけではなくオンラインでもお客様と繋がっていくことは非常に重要です。
奥谷 なるほど。オンラインとオフラインを融合したコミュニティ構築や体験づくりを行われているのは、そうした問題意識があるからなのですね。
デジタルで実現することを明確にする
高家 カインズでは企業変革の柱の一つとしてデジタル戦略を掲げていて、DIYer100万人プロジェクトもその一環です。デジタル戦略によって実現すべきことを社内で議論し、そのためのソリューションやサービスを開発しました。
例えば、「Find in CAINZ」という店舗マップ。商品名を入れると陳列棚を表示してくれるもので、お客様の商品探しの煩わしさ解消と、店舗メンバーのご案内件数の削減に繋がっています。3000坪程の店舗に約10万点の商品があるので、お客様の問い合わせの8割が「商品はどこにあるか」といったことなのです。
また、ワークショップの参加予約などを行える「CAINZ Reserve」や、スマホで注文した商品をロッカーで受け取れる「CAINZ PickUp Locker」といったサービスもあります。このロッカーはお店の営業時間外でも自分の商品を受け取ることができるもので、コロナ禍で利用が拡大しました。
決してハイテクなソリューションではありませんが、デジタルを使ってお客様の煩わしさ解消を目指しています。
奥谷 アメリカでも店舗受け取りサービスが広がり、コンタクトレスショッピングを用意している小売は伸びていますね。こういった準備がされているのは素晴らしいですね。
高家 各種サービスの機能を載せたアプリも開発しました。また、オウンドメディアもお客様と繋がる手段として非常に力強いツールです。店舗以外のところでお客様との接点が充実してきました。
奥谷 丁寧に用意されたデジタルのタッチポイントがあった上で「DIYer100万人プロジェクト」は進められているのですね。
リアルの価値を今まで以上に高めていく「売り場ではない場所」
奥谷 続いて(2021年から新たなDIY空間として設置している)「DIY Square」についてお伺いします。DIY Squareはリアルの接点を大事にされていて、これまでのワークショップ空間の発展の象徴だと感じます。購買の前後を含めたお客様との繋がりをよく考えられて全体設計されていますよね。
高家 何かを体験するときの「リアルの価値」を今まで以上に高めていかないといけないと考えていまして、店舗でのDIY体験を高めるために作ったのがDIY Squareです。
これまでもカインズ工房という、DIYスペースや設置された機器を利用してお客様ご自身でDIYをおこなえる場がありました。DIY Squareはそれとは違う世界観で、カインズが提案する新しいDIYを誰もが楽しめる場です。
奥谷 小売業にとっては、売り場ではない空間を店内に作るのは大変なことですよね。
高家 そうなのです。小売業というのはこれまで何十年も、坪当たりの販売効率を上げることをやってきたわけですが、あえて売り場でないスペースを明確に作ろうとしています。
従来もお客様のニーズを汲んでご提案する取り組みは行っていたつもりでしたが、まだまだ十分ではなかったと気づいたのです。
DIY Squareでは、アプリの会員証でチェックインしていただくとお客様の購買履歴やお困りごとなどがわかるため、よりパーソナライズされたやり取りが出来るようになっています。我々が目指すのはDIYerを増やすことですから、「人生を自分好みにDIYしていきましょう」「自分の暮らしを良くするのがDIYなんだ」というメッセージをお客様にどんどん伝えていき、実感してもらいたいと考えています。
奥谷 共感を呼ぶメッセージがあり、さらに「売り場ではない場所」を店内に用意して顧客体験を提供する。こうしたことがカスタマーサクセスには不可欠なのかもしれません。DIY Squareのような場所があることで、DIYが得意でない人にとってもホームセンターに行くハードルが下がりますね。
高家 そうですね。「あそこに行けば何か聞ける」というイメージをつくっていきます。お客様を迎えるスタッフは「DIYキャプテン」と呼んでいます。カインズのDIYをご自身で体現出来る人で、スターバックスコーヒーのバリスタのような人です。
社交性があり、自身が楽しむ姿勢を持っている人や、とにかくDIYが好きな人をDIYキャプテンに選びました。
奥谷 昔からある心温まる接客が当たり前に存在し、そこにデジタルでつくる関係性を重ねていくというのは、素晴らしい取り組みですね。
コロナ禍を経て改めて感じることですが、リアルのお店に行く価値が色んな意味で大切なものへと変化してきました。その体験をデジタルと心温まる接客を融合してよりよくしていく小売運営がすごく求められています。そういう意味では、働く人も非常に大事になってきますね。
高家 そうですね。店舗の空間と人は、すごく大事な要素だと思います。DIY Squareはまだスタートしたばかりで店舗も限られていますが、来られる方がどんなことに興味を持たれているのかなどが分かるようになり、大きく前進していると感じています。
奥谷 こういった「ことづくり」の事例はまだ少なく、カインズは先を行かれているなと思います。
こうしたDIYを活用した顧客接点に込められた思いをお聞かせください。
高家 先ほどご紹介したDIY Squareにはオンライン版もあり、DIYのレシピを掲載したり、お客様の作品を紹介するコーナーを作ったりしています。作品を媒介としてお客様同士の会話が生まれるといったように、オンライン上の賑わいもどんどん作って行きたいと考えています。
奥谷 ここからDIYキャプテンの方とも繋がることができるわけですね。
高家 そうです。このオンラインの繋がりと、リアルな場のDIY Squareでの体験がシンクロしていくコミュニティを作りたいですね。
奥谷 お客様との距離がかなり縮まりそうですね。リアルな店舗がない小売業にとっても参考になる取り組みだと思います。
高家 オンラインの場では、これからどんどんHow toを充実させたいと思っています。例えば「となりのカインズさん」というオウンドメディアにはいろいろな記事が掲載されています。例えば、今年の夏前ぐらいに一番見られた記事は「網戸の張替えの仕方」でした。
奥谷 渋いですね。でも本当に生活ニーズに当たっていますね。
高家 カインズは日常の暮らしに密着した存在なのだなと、私自身改めて認識しました。ちょっとした困り事があったり、ちょっとした自分らしいものを作りたかったりするときに見ていただけるレシピが充実していくとすごくいいなと思っています。
奥谷 非常に楽しみですね。生活者目線の情報が集まれば集まるほど、このDIY Squareが盛り上がりそうです。こうしたコミュニティ運営にあたって、KPIの設定はどうされているのでしょうか。
高家 売り場ではなく顧客体験を重視しているので、財務数値をKPIには置いていません。まずはDIYの敷居を下げて、どのくらいの人がエントリーユーザーとして入ってくるか、そこからビギナーユーザーに成長し、LOVERになっていくのがどのくらいかといったところをKPIに設定しています。
お客様との理想的な関係を目指す3つのポイント
奥谷 素晴らしいですね。これからの小売経営には、従来の売上や利益といった定量的経営指標を重視する「量の経営」と、デジタルを活用したお客様とのつながりを定性的、定量的に捉えて顧客理解を重視する「質の経営」は分けるべきだと私は考えています。まさにこの取り組みは、質の経営ですね。お客様との繋がりを通して、働くことの喜びにも繋がって、店舗のスタッフのモチベーションになっていくと非常に素敵だなと思います。
量の経営もしっかりやりながら質の経営もトライしていく中で、お客様とどういう関係性を更に目指していくのか、改めてご説明をいただけますか。
高家 ポイントは3つあります。1つ目は「DIYer100万人プロジェクト」に代表されるような、リアルでしか出来ないエモーショナルな体験とオンラインでしか出来ない体験をつくり、リアルとオンラインを行き来するトータルの顧客体験をつくっていくことです。
奥谷 コロナ禍を経た小売業はますますここが大事になりますね。
高家 2つ目が社会価値と経済価値の両立です。地方に大きな店舗を持つ小売業として、地域社会にどうやって価値を発揮するのか。それと同時に、我々の経済価値も上げていくこと。
そして3つ目が脱小売です。IT小売業という言い方をしていますが、我々は必ずしも小売業ではないと位置づけて変革を遂げていくことがポイントだと考えています。
奥谷 なるほど。その手段としてITがあるということですね。いまや、リアルの価値は変わってきていますし、海外では「Marketing with purpose」という言葉もでてきていますが、社会性はすべての企業にとって非常に大事だと考えられています。
小売起点のDXと、その先にあるCHROの役割
奥谷 最後に、小売業が店舗を起点にしたDX(デジタルトランスフォーメーション)についてお話できればと思います。小売のDXでは、CX(顧客体験)、SX(お店での体験)、EX(従業員体験)の3つを考える必要があります。CX、SX、EXの三位一体が店舗体験をつくってきました。これらの重なっている部分を可視化、強化するためにDXがあるわけです。
カインズはこの重なった部分に対して、どれくらいDIYerの方がいるのかを検証されているのだと思います。
2010年前後から、マーケティング担当者やEC担当者がお客様とデジタルで繋がって送客しようという時代があり、その後にITを活用した店舗業務の効率化や、店頭でお客様とデジタルでつながる体験の進化が起こりました。こういったテクノロジーを活用した生産性の高い働き方を提供したり、お客様とデジタルでつながるインフラ作りにはITのわかるCIOやCTOの力が必要でしたが、さらにコロナ禍においてはCEO、COOが外部環境を見ながら企業ミッションに合致したDXを進めていく、リーダーシップが大事になっていきます。カインズは、既にこの段階まで進んできていますよね。
そして今後は、CHRO(最高人事責任者)もDXに関わっていく必要があると考えています。
真のIT小売業になるためにはHRディスラプションも重要です。各業界に合わせたDXできる人材を育成しながら、積極的に外から人も入れながら会社を強くしていくことはもちろん、店頭でお客様とデジタルでつながることへの評価、従業員の生産性を高めるIT活用にHRのトップの関与が求められます。カインズではHRに関する取り組みはいかがでしょうか。
高家 デジタルと商品と店舗空間と人の全部を変えていこうという企業変革にCHROが参画をする必要があるというのは、全くその通りだと思います。カインズでは中期経営計画の中に「DIY HR」というコンセプトを掲げています。
働き方や心身の健康、キャリアパスなどを、自分らしく、自分が目指すものを自分で組み立てていこうという意味を込めてDIY HRと呼んでいるのですが、いま奥谷さんが言われたCHROが重要な役割を担っていくということと、全く同じ方向を目指しているなと感じました。
奥谷 さすがカインズ、まさにHRもDIYの時代ですね。今日のお話は多くのリテーラーの方にとっても非常に勉強になる、価値のあるお話だったと思います。
リアルの価値を見直し、経済価値だけじゃない社会的価値、そして新しい小売業としてのIT小売業、これを目指していく。こうしたことが、リテーラーにとってもお客様にとっても、よいカスタマーサクセスに繋がるのではないでしょうか。
今日はありがとうございました。
高家 ありがとうございました。