「一人ひとりにフィットした上質な顧客体験」は、ブランドの重要な価値のひとつだ。オーダーメイドスーツをメイン商材とする株式会社オンワードパーソナルスタイル(以下、OPS社)ではデータを活用して、接客からアフターフォローまでよりパーソナライズされた顧客体験を提供するためにTreasure Data CDPを導入した。
同社DX部の大井綾子氏と金屋雅一氏、およびプロジェクトの設計や進行管理を務めた株式会社デジタルシフト(以下、デジタルシフト社)の木戸大祐氏が「オンワード・オーダーメイド事業における顧客中心のデータ活用の仕組み化」と題してCDP導入プロジェクトの詳細を語った。
聞き手は、同社に伴走してデータ活用に取り組む株式会社Legoliss(以下、Legoliss社)の小林範子氏が務めた。
大井 綾子 氏
株式会社オンワードパーソナルスタイル
DX部 ゼネラルマネージャー
金屋 雅一 氏
株式会社オンワードパーソナルスタイル
DX部 エキスパート
木戸 大祐 氏
株式会社デジタルシフト
CXデザイン部 プロジェクトマネージャー
小林 範子 氏
株式会社Legoliss
取締役
※プロフィールは2021年7月6日時点のものです。
<目次>
パーソナライズされたより良い顧客体験を提供するために
OPS社は、株式会社オンワードホールディングスの100%による事業子会社だ。
「オーダーメイドの民主化」をミッションに掲げ、2017年に新ブランド「KASHIYAMA」をスタート。スーツやシューズのオーダーメイドをメイン事業としている。独自のサプライチェーン構築による納期短縮と適正価格の実現が特徴で、これまでのオーダーメイドでは納品まで1カ月かかっていたところ、最短1週間で提供している。
今回Treasure Data CDPを導入した目的は「顧客中心の事業活動強化」すなわち、「カスタマーサクセス 」にある。目まぐるしい市場環境の変化や技術の進歩の渦中で生き残るには、顧客に対するブランドの提供価値を高めなくてはならない。具体的には、オフラインでは接客の品質向上、オンラインでは情報発信の高度化およびパーソナライズ化、すなわち「より一人ひとりにフィットした上質な顧客体験」を提供する必要がある。
OPS社が実現を目指す顧客体験のイメージは以下の図の通りだ。カスタマージャーニーの全ての段階で、データを活用してより良い顧客体験を提供する、その根幹にTreasure Data CDPがある。
予約時や採寸時の接客品質の向上は、ブランド・サービスへの期待感醸成につながる。来店後アンケートや商品到着までの間のアフターフォローの質を高めることで、顧客のわくわく感を維持すると同時に不安や不満の芽を摘むことができる。さらにメンテナンスの案内といったパーソナライズされた情報を適切なタイミングで提供することで、購入後も顧客との接点を持ち続けることが可能になる。
この仕組みを実現するため、Treasure Data CDPにすべての顧客データを集約し、各種ツールを通してさまざまな場面で活用できるようにするのが今回のプロジェクトだ。プロジェクトの設計や進行管理、CRMコンサルティングとしてデジタルシフト社が、Treasure Data CDPのインプリメントとデータ活用の運用支援でLegoliss社が参加している。
プロジェクトで解決すべき3つの課題
プロジェクト開始前、OPS社は大きく分けて3つの課題を抱えていた。「データ管理上の課題」「データ活用上の課題」「情報発信上の課題」だ。プロジェクトではこれら全ての解決を目指す。
データ管理上の課題
店頭受注、EC、会員、会計など全てのシステムが個別に存在しており、且つシステム間にデータ連携や情報共有の仕組みがなかった。いわゆる「サイロ化」しており、データ活用が難しい状態だった。
データ活用上の課題
店頭での接客時に取得した顧客データは、各スタイルガイド(販売員)が紙のカルテで管理していた。これは顧客対応や接客スキルの属人化をまねいていた。さらに顧客管理はExcelで行っているなど、カルテと顧客管理が連動していなかった。
情報発信上の課題
メールでの情報発信はしていたものの、顧客全員に同じタイミングで同じ内容を発信していた。顧客データを分析して最適なタイミングや内容を見極める、パーソナライズの仕組みがなかったことが原因だ。
CDP導入プロジェクト実施の流れ
プロジェクトは2段階に分けて行われた。ステップ1ではTreasure Data CDPにデータを一元化し、サイロ化を解消する。次にステップ2でデジタル顧客カルテやMA等のツールを導入し、接客や情報発信をパーソナライズする。これにより、前項で挙げた3つの課題を解決していくというものだ。
ステップ1 | サイロ化の解消(管理上の課題を解決) |
ステップ2 | データを活用したパーソナライズの実施(活用上・情報発信上課題を解決) |
ステップ1の前に
デジタルシフト社の木戸氏は、プロジェクト実施の前に現状把握から始めた。まずKASHIYAMAがスタートしてから現在までのデータを分析し、顧客についてさまざまな角度から確認していった。それを踏まえた上で、ブランドとしてどのような価値を顧客に提供するのか、つまりプロジェクトの軸を定めた。
プロジェクトの目的は顧客により良い価値や体験を提供することだ。定めた軸に基づき、理想を実現するために顧客との関係をどのように作っていくのかをプロジェクトチーム内で考え、各ステップの実行に進んだ。
ステップ1:データの一元化
オーダーメイド商材を取り扱うため、生地や採寸データ、利用オプションなど、データの種類も量も多くなる。スーツ、シャツ、シューズと品物ごとにシステムが異なり、リアル店舗/ECのチャネルでもデータが分かれていた。手書きのデータもあった。この大量のデータを統合して活用できる状態にするためには、まず各システムのどこにどのデータがあるのかを把握しなくてはならない。
そこでTreasure Data CDPのインプリメントに入る前の段階からLegoliss社も参加し、状況把握や仕様設計を行った。各所でサイロ化したデータを照らし合わせ、OPS社・デジタルシフト社・Legoliss社の3社が密にやり取りをしながら、「どことどこのデータが一致するのか」「どことどこを繋げたら、高精度なデータとして活用できるようになるのか」といった議論を重ねて、データの整理と仕様設計を進めた。
デジタルシフト社の木戸氏は「地道なプロセスだが、一番大事なところ」だと振り返る。ここで正確なデータの地図を描いておくことが、今後のデータ活用におけるキーポイントだ。こうして綿密な設計の基、Treasure Data CDPにデータを一元化することができた。
ステップ2:一元化したデータを活用する
Treasure Data CDPに蓄積したデータのアウトプット先として今回のプロジェクトで対応するのは、スタイルガイドが接客時に使用する「デジタル顧客カルテ」と、パーソナライズされた情報発信を行うための「MAツール」だ。
また、店舗の売上げや個人の成績を評価するための「BIツール」を用いたデータの可視化も先行して進んでおり、この対応も合わせて行われた。これらの3つのツールにTreasure Data CDPからデータを連携し、活用する。
データ連携のためには、それぞれのツールに対応するデータマートをTreasure Data CDP内で構築する必要がある。データマートとは、目的に応じて部分的に抽出したデータだ。ここでもステップ1に引き続き、デジタルシフト社とともにLegoliss社が大きな役割を果たし、もはやOPS社よりもOPS社のデータに詳しい程だという。
データマートが3種類であっても抽出元のデータは共通だ。処理を共通化したり、逆に個別にすべきところは分けたり、長期的な運用の継続も考慮して設計した。Legoliss社のデータエンジニアが中心となり、OPS社、デジタルシフト社両者に相談をしながら意見をすり合わせて作り上げたという。
「システムごとにマスタをどう使っていくのか、保守性を考えた上でどう統合するのがベストなのかについて、(Legolissさんに)リードしていただけたので、我々としてもかなり進めやすかった。」(デジタルシフト社 木戸氏)
こうして構築したデータマートを各ツールに流し込むことで、データを活用した顧客体験向上が可能になる。
スケジュールと苦労した点
上記では順に説明したが、実際にはステップ1と2の作業はほぼ同時に実施された。BIツールでの可視化は先行して進められていたため、顧客カルテとMAへのアウトプット部分の開発とデータマート構築を行いながら、同時にCDPの構築も進めた。
開発を並走させることで期間は短縮できたが、苦労したこともあるという。例えば、前述の各データマートで共通化できる部分/分けるべき部分をはじめ、どういうデータが異常値か、使うべきデータカラムはどれなのか等々、先行して作業しているBIツール側で判明することはたくさんある。それらはもちろん顧客カルテとMAの仕様やデータマートにも反映させなくてはならない。工程の前後関係やスケジュールへの影響を踏まえながら管理・調整することに尽力したと木戸氏は振り返る。
タイトなスケジュールではあったが、制作物のクオリティについて「帳票周りや顧客カルテは実際スタッフが使うものなので妥協できなかったし、リリース日も強い希望があった」(OPS 大井氏)という。「木戸さんにもLegolissさん(プロジェクト担当者のテクニカルディレクター/データアナリストの仙田真帆)にも相当苦労して進めてもらった」と大井氏は話す。より良い顧客体験のためには妥協しないOPSの強い思いにデジタルシフト社とLegoliss社が全力で応えた。
リリース後の今も、システムのブラッシュアップは続けられている。大井氏が実現したいことや変更したい部分を相談すると、Legoliss社からは既存システムへの影響範囲を踏まえた的確なアドバイスが返ってくるという。ステップ1でデータの全体像把握に力をいれたからこそだ。
Legoliss社の小林氏はプロジェクトを振り返り、「3社が臨機応変に判断をして最善の方法を見つけられた。同じ方向に向かってプロジェクトが進んでいたのはすごく良かった」と話した。
Treasure Data CDPを選んだ3つの理由
プロジェクトで導入するCDPとしてTreasure Data CDPが選定された理由は主に3つある。まず1つ目は、グループ全体での活用を見据えたスケーラビリティだ。これには容量やパフォーマンスだけではなく、ガバナンスや管理のしやすさなども含む。
2つ目はインプットとアウトプットのしやすさだ。オンワードグループ全体で見ても独自の既存システムやSaaS系のサービスなど数多くのシステムを利用しており、今後さらに増える可能性もある。どんなシステムからでもデータをインプットして一元化でき、どんなシステムにもデータをアウトプットして活用できることが重要だ。
3つ目はデータ分析のしやすさだ。データを扱うのはエンジニアだけとは限らない。専門家でなくてもとっつきやすいことも重視した。
以上の観点から、Treasure Data CDPのスケーラビリティや外部コネクタの豊富さ、GUIのわかりやすさなどが評価され選定された。OPS社だけではなく、オンワードグループ全体でもTreasure Data CDPを活用することが決定している。
目指す姿を実現するためのパートナーとツール選定
CDPを導入しただけで魔法のようにDXが実現し、事業が成長するわけではない。目指す姿をしっかり描き、従業員や顧客に定着させながら保守・運用していく必要がある。それができるパートナーとして選ばれたのがデジタルシフト社だった。実際、前項で紹介したように、木戸氏はプロジェクト開始前の現状把握と理想とする姿の明確化に力を入れた。
目指すべき姿が明確になった後は、それに最適なツールや開発会社を選定した。アウトプット先のツールは類似事例の豊富さやシステム間のつなぎやすさから相性の良いSalesforceに統一した。そして、Treasure Data CDPの導入実績が豊富なLegoliss社が開発会社として選ばれた。Salesforceのツールに関する開発・運用はtoBeマーケティング株式会社が担当している。
運用開始から3カ月弱での成果
2021年3月に実装が完了し、運用開始してから本対談が実施されるまでに3カ月弱が経過した。まだ成果が出始めた段階ではあるが、ここまでの成果の一部を紹介する。
意思決定速度の飛躍的な改善
Treasure Data CDP導入前はデータがサイロ化していたため、各所からデータを集めてくる必要があり、それに1週間、場合によっては1カ月かかっていた。一元化によりこの待機時間がゼロになった。
また、データの突合や異常値のクレンジング等、分析の前処理に1日かかっていたが、本プロジェクトによる自動化で前処理時間もほぼゼロになった。
これらのデータ分析速度向上により、事実確認やデータに基づく意思決定の速度が飛躍的に改善された。
パーソナライズ配信によるCVR改善
MAを用いてパーソナライズされた情報を発信することで、CVRは約5%の改善が見られた。オーダーメイドスーツは購入周期が長い傾向があるため、今後運用期間が長くなるにつれてますます成果が見えてくると予想される。
接客時の顧客理解の深化・速度向上
デジタル顧客カルテはタブレット形式で、スタイルガイドの手元で顧客データを参照できる。紙のカルテよりも参照スピードが大きく向上し、顧客を待たせる時間が軽減された。バックオフィスのPCまでデータを見に行く必要もない。
顧客理解が深まり、会話やレコメンドする際のヒントが得やすくなったと現場からも好評だという。今後も現場の意見を拾い上げながらアップデートしていく予定だ。
データ活用の環境が整い、次は「どう活用するか」
CDP導入プロジェクトにより、データを利活用する環境が整った。その環境を利用して、OPS社は次の段階へ向けて動き出している。構想は大きく分けて3つだ。
1つ目は、顧客状態把握の高度化とKASHIYAMA愛好の深化だ。購買・心理の両側面からロイヤルティを計測し、愛されるブランドを目指す。ロイヤルティを高めるプログラムの導入も検討している。
2つ目は、定性データを活用したパーソナライズの強化だ。デジタル顧客カルテで接客を高度化しただけではなく、接客時に得たデータを蓄積して次のコミュニケーションに活かす。
3つ目は、スタイルガイドと顧客のつながり強化だ。接客のプロであるスタイルガイドの数はOPS社の強みのひとつだ。現在はスタイルガイドと顧客の接点は店舗が中心だが、それ以外でも顧客の好みのチャネルやタイミングでコミュニケーションを取れるような仕組みを整える。
ミッションに掲げた「オーダーメイドの民主化」の通り、オーダーで作ることの価値や楽しさをより多くの顧客に伝え、最高の顧客体験を提供するためにこれからも邁進していく。