CDPの真価を発揮する、マーケティングプロセスの再構築
データ基盤としてTreasure Data CDPを導入し、日々約300件のマーケティング施策をマルチチャネルで展開する、富士フイルム ヘルスケア ラボラトリー。顧客ごとのステータスに合わせ、パーソナライズしたコミュニケーションを行うために、Treasure Data CDP はすでに欠くことのできないツールとなっているという。通販ビジネスにおけるCDPの有用性に加え、構築のための必須条件であるデータの構造化や運用フローの変革について、プロジェクトに関わったキーパーソンたちが語った。
【この事例のポイント】
・基幹システムの老朽化により、データ基盤としてTreasure Data CDPにリプレイス。ECサイトでのマーケティング施策の実行、分析、可視化などに幅広く活用している。
・マルチチャネルで、日々、様々な施策を実行している。スケール、精度、スピード感を同時に実現するため、初期設定段階から「データの構造化」に取り組んだ。
・顧客体験向上につなげる施策は、TOPPANのサポートも受けながら引き続き強化。自社向けのデータ活用、在庫管理や最適化などにもTreasure Data CDPを活用していく。
<登壇者>
株式会社富士フイルム ヘルスケア ラボラトリー
ICTデジタル推進グループ/マネージャー
野村 裕朗氏
TOPPAN株式会社
情報コミュニケーション事業本部 ビジネストランスフォーメーションセンター
エクスペリエンスデザイン第一本部 デジタルマーケティング部 1T/係長
溝口 貴大氏
TOPPAN株式会社
情報コミュニケーション事業本部 ビジネストランスフォーメーションセンター
データ&テクノロジー本部 マーケティングテクノロジー部 1T チームリーダー
長谷川 祐司氏
<目次>
- Treasure Data CDPを軸に実践するきめ細やかな施策の展開
- CDPの利用価値を高めるための「データの構造化」
- FFHC側、TOPPAN側で役割分担を明確化
- AIを活用していくためにも、データの構造化は不可欠
Treasure Data CDPを軸に実践するきめ細やかな施策の展開
2006年から事業を開始している富士フイルム ヘルスケア ラボラトリー(以下、FFHC)。現在は商品の企画、製造、販売からアフターサービスまで、ライフサイエンス事業全般を担う事業会社として業務を拡大している。
同社のICTデジタル推進グループに所属する野村 裕朗氏は、ECサイト内のシステム運用、その上流となるデータ基盤、システム基盤の改善、今回の大きなテーマであるCDPの改善などを担当する立場だ。
その取り組みをサポートするのが、TOPPANの長谷川 祐司氏と溝口 貴大氏だ。どちらも情報コミュニケーション事業本部に所属し、長谷川氏はデータエンジニアリング部門のリーダー。溝口氏はマーケティングDX戦略、大型DX基盤構築のプロジェクト経験をもとに、同社の伴走型支援を行っている。
FFHCがTreasure Data CDPを導入したのは2019年のこと。現在はTreasure Data CDPをECサイトのデータ基盤として置き、施策の実行、分析、可視化など、幅広く活用しているという(図1)。
図1 化粧品/サプリメント、さらには各ブランド/商材ごとに、トライアルや初回購入から次回の購入や定期購入につなげるため、シナリオにもとづいた施策を数多く実施している。自動での継続施策、スポット施策も、かなりきめ細かく行っているのが分かる
「化粧品やサプリメントなどの商材、またブランドごとに、F2転換(初回購入した顧客が2回目のリピート購入をすること)施策、定期引き上げ施策、リピート促進施策、バースデー施策、休眠復活施策など、様々な施策でTreasure Data CDPを活用しています。自動での継続施策コミュニケーションだけでも、毎日約300近くが処理されており、スポット施策については毎月最大80本。従来のデータ基盤でこの件数を処理するのはほぼ不可能で、Treasure Data CDPあってこその運用だといえます」(野村氏)
ほかにも、累計購入数、累計購入額を含めた優良顧客の算出もTreasure Data CDPに実装。システム基盤側が行うよりも、柔軟かつ効率的な対応が可能になるという。MGM(既存の顧客が新たな見込み客を紹介するマーケティングプログラム)も実装し、キーコードを使った紹介者、被紹介者のひもづけをTreasure Data CDPを介して行っている。紹介者に対するインセンティブと、それに伴う個別の連絡なども活用範囲だ。カバーする領域も幅広い。メールでのコミュニケーション以外にも、ロイヤリティプログラムやMGMプログラムなども含め、Treasure Data CDPをフル活用している。
このようにCDPで細かく構築、管理して施策を打つことで、どんな効果が生まれているのだろうか。
「特に大きいのは営業、マーケティングから『こんなことができないか』という相談を受けてから、検討と実行までをチーム内で完結できる点です。例えばWeb広告への連携で、新規、トライアル、ファーストステップの顧客に向けて訴求する際に、『既存顧客を除外して最適化を図る』といったことが簡単に実践できます」と野村氏は話す。
CDPの利用価値を高めるための「データの構造化」
同社のアプローチでさらに注目したいのは、BIツール(企業が持つ様々なデータを分析・見える化し、経営や業務に役立てるソフトウェア)も併せて導入し、高速PDCAを可能にしている点だ。
具体的なアーキテクチャとしては、Webマスタログ、顧客マスタなど5つのデータをTreasure Data CDPに集約・統合し、各機能を使ったメール、LINE、Web広告、DM、BIツールでの施策につなぐ設計となっている。
「とても分かりやすいアーキテクチャですが、施策の数も含めて、複数のチャネルを使い分けながら、個々のお客様と最適化したコミュニケーションを取っているケースは意外に少ないと思います」と長谷川氏は語る。
実際、CDPを導入したものの、活用が進まない。スポットでは使うが、日々の業務に根付かないなどの悩みを持つ企業は多いだろう。「どこに問題があるのかを抽出するには、大きく3つの視点が必要になります」と長谷川氏は指摘する。
1つ目は、取り組みがスケールしない「キャパシティの問題」。2つ目は、担当メンバーが定期的に変わる「ナレッジ蓄積の問題」。3つ目は、アーキテクチャが複雑化する「全体最適の問題」だ。
「CDPをより効果的、効率的に活用するには、運用を見越したデータの整理がきちんとできているかが重要です」と長谷川氏は話す。FFHCの場合、初期構築の段階から「データの構造化」が具体的に検討されていたことが大きなポイントになったという。カギとなったのはTreasure Data CDPに用意された「中間テーブル」だ(図2)。
図2 Webアクセスログ、顧客マスタ、購買データ、問い合わせデータ、アンケートデータを統合するTreasure Data CDPに、データを構造化した「中間テーブル」を設けるのが特徴的なところ。活用、運用を見越したテーブルがあるため、効率よく施策実行につなげられる
「これは活用、運用を見越したテーブルのことで、顧客軸(性別/生年月日/住所など)、注文軸(購買日/単価/定期サイクルなど)、商品軸(商品コード/ブランドなど)、顧客×商品軸(初回受注商品/最新受注商品など)、Web行動軸という5つの軸で構成されています。この中間テーブルが起点となってそれぞれの機能を実装しているため、最初からデータを使いやすい状態になっているのです」(野村氏)
実際、FFHCのシステムは分かりやすく構造化されており、これが数多くの施策を、高い精度かつスピード感をもって実行するための基盤になっている。
「初期構築で5つのテーブルをつくるのは、正直、大変だった記憶もあります。ただ、中間テーブルがあることで、その後の運用がスムーズになったため、きちんと作りこんでおいてよかったと思います」と、サポートするTOPPAN側の視点で溝口氏は振り返る。
FFHC側、TOPPAN側で役割分担を明確化
それでは、この中間テーブルのように構造化されたデータを用意することは、先ほどあげたキャパシティ、ナレッジ、全体最適の問題解決にどう貢献するのだろうか。
まず取り組みがスケールしないキャパシティの問題は、Treasure Data CDPの機能のフル活用がポイントになる。誰を対象に、どのチャネルで、どんな施策を打ちたいかの条件をマスタ登録すると、Treasure Data CDPに自動連係され、データを取り込み、各機能の設定に基づいて処理し、各施策チャネルにひもづけていく。施策管理はマスタ登録だけとなり、その先は自動で行うため工数は確実に減る。その結果、ほかの取り組みへの展開も可能になるわけだ。
こうした運用フローを構築しても、担当メンバーが定期的に変わるナレッジ蓄積の問題は残る。
「社内では、過去にやったことをログ化して残し、いつでも振り返れるようにするなど、できることはやっています。ただ、運用に関しては当社だけでは限界があり、ここはTOPPANやトレジャーデータの協力があって成り立っている部分もあります」と野村氏は語る。Treasure Data CDP運用に関しては、野村氏が全体のリーダーとなり、FFHC側、TOPPAN側で役割分担を行っているという。
「我々の立場としては、やはりデータ基盤を支援しているという認識です。データの整備であったり、新しいデータを取り込みたいというご要望であったりはその一例です。また、『外部の連携システムが変わってしまうから、その影響を知りたい』といった場合も改修も含めて対応します。いずれにせよ運用フローの骨子は変えず、FFHCのメンバーの方が施策・データ分析などの業務に特化できるよう、明確に役割分担をしています」と、長谷川氏は強調する。
アーキテクチャが複雑化する全体最適の問題については、FFHCが行ったアーキテクチャ変革にヒントがある。以前は施策リストの作成にMAツールも使っていたが、現在はそれがなくなり、CDPに一本化している。Treasure Data CDPのジャーニーオーケストレーションを、MAツールに代替できるのではないか。そうトレジャーデータから提案を受けたのがきっかけだった。
「MAツールは元々営業部が導入していたものだったので、当初は残していました。しかし、同じお客様に同じような内容のメールを複数送ってしまったり、必要なメールを送っていなかったりといったトラブルが起こり、ジャーニーオーケストレーションで行うようにしました。管理する意味でも、施策を回すという意味でも1つのシステムに集約されていたほうが効率化できると考えたからです」(野村氏)
AIを活用していくためにも、データの構造化は不可欠
既に高レベルでデータ活用が進められているFFHCだが、今後についてどのようなビジョンを抱いているのだろうか。「データ活用の領域を広げる余地はまだまだあると思います」と前置きした上で、野村氏は次のように語る。
「データを蓄積し、それを顧客体験向上につなげる施策に活用しており、これはTOPPANの支援も受けながら、引き続き強化していくつもりです。一方、社内に目を向けると、自社向けのデータ活用、例えば在庫管理、最適化などには活用できていないので、ここが1つの方向性になると思っています。また、ジャーニーオーケストレーションについても、今のところはまだMAツールからの置き換えでしかなく、機能を十分に使い切れていません。マルチチャネル、クロスチャネルも踏まえた活用、シナリオづくりに関しても、今後は取り組んでいきたいと考えています」
また新しいテクノロジーとして生成AIにも注目しているという。「ただし、生成AIは大きな可能性を持ったテクノロジーですが、データの整備が不十分だとハルシネーション(AIが虚偽の情報を生成する現象)など、データの民主化を進める上で逆にネックになりかねません」と長谷川氏は指摘する。そうならないためにも、FFHCが行ったようなデータの構造化の重要さ、構築の支援を行うのがTOPPANのミッションになるという。
一方、溝口氏が最後にあげたのは「Well-beingな社会実現に向けた企業連携」だ。「Treasure Data CDPのような基盤の上で、FFHCのようなヘルスケア事業者、自治体、インフラ事業者などがサービスを提供し、住む人、使う人すべてがWell-beingでいられる社会に向けて、データを駆使したエコシステムを構築していきたい」と将来の目標を語る。FFHCとTOPPANの取り組みは、既にそこに向けた第一歩を踏み出しているともいえそうだ。