ビジネスを変革する顧客データ活用法 Vol.2
顧客データをいかにビジネスに活用するか。これは、多くの企業にとって重要なテーマと言えるだろう。顧客データの活用は、企業が顧客中心のビジネスモデルを構築するための基盤となる。顧客の声を聞き、それに応じて製品やサービスを改善し、新しい顧客体験を創出することで、企業は顧客の期待を超える価値を提供し、不透明な市場環境の中でも持続的な成長を達成することも可能だ。ただし、その実現は言葉で言うほど簡単なことではない。顧客データの活用に詳しいボストン コンサルティング グループ(BCG)の石附 洋徳氏が5回にわたり、活用のポイントや注意点について解説する。
Vol.2
今、あらためて考える
顧客データ活用の重要性と可能性とは?
多様な顧客データには、宝となりうる情報が内包されている。顕在化していないニーズや、商品・サービスの改善点はその一例だ。ただし、それらを読み解き、的確なアプローチを行うためには、顧客とのさまざまなタッチポイントから得たデータを一元管理し、社内の誰もが必要に応じてアクセスできる環境を整えることが欠かせない。顧客データを分析し、仮説を立て、検証する――。これは、ビジネスを推進するために役立つだけでなく、実は「人材育成」にも有効だという。
<目次>
顧客データはパーソナライズされた体験を創り出す鍵となる
かつては対面や電話、DM(ダイレクトメール)くらいしかなかった顧客との接点は、近年ますます多様化しています。メールやウェブサイト、公式アプリ、SNSはその一例です。それに伴い顧客側も、大勢に向けて同じコンテンツが大量に発信されるものではなく、パーソナライズされた情報を受け取ることを望む傾向が強くなっています。それを踏まえて一人ひとりに最適なタイミングで適切なアプローチをするには、それぞれのタッチポイントで得た膨大な顧客データを統合的に管理できる環境を整える必要があります。
データが部門や担当者ごとに保存されてサイロ化していたのでは、その人の嗜好に合ったサービスをお勧めするのは困難です。逆にデータが適切に一元管理され、社内の誰もがいつでもすぐにアクセスできる状態にあれば、「SNSをきっかけに来店した顧客に最適化されたおもてなし」といったきめ細かな対応をも行えるようになるでしょう。このように顧客データのインプットとアウトプットがいずれもスムーズになされる仕組みづくりは、CX(Customer Experience:顧客体験価値)ひいてはLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を高めるうえで大きな役割を果たします。
それでは、顧客データはどのようなかたちで管理すべきなのでしょうか。もちろんExcelで作成した顧客リストをデータベースとすることも可能ですが、それではデータを2次元的にしか捉えられず、特定の軸や条件を設定して詳細に分析することはできません。個々の顧客のインサイトや市場の状況をさまざまな視点から立体的に把握するには、膨大なデータを一元管理できるCDP(Customer Data Platform)を構築するのが良いでしょう。
ひと昔前は対面でのビジネスが中心であったことから顧客ニーズは今よりもずっと把握しやすく、それに沿って商品やサービスを提供すれば、まず期待どおりに売れました。しかし消費行動が複雑になり、外部環境も変化しやすい現代では、そのときどきの顧客心理や市場の動きを的確に理解しながらビジネスを展開する必要があります。そのために欠かせない材料となるのが顧客データなのです。
顧客データから仮説を立てて論理的に検証する
それでは、多様な顧客データを一元管理できる環境を整備したとして、具体的にそれをどう分析し、どのようにマーケティングに活かせばよいのでしょうか。残念ながら、目の前にあるデータを漠然と眺めているだけで、ひとりでに何らかの気づきや発見が得られるということはありません。
ビジネス形態がB to Cなら、まずは消費者の目線に立って自社の商品やサービスを客観的に観察してみてください。すると、「この商品には何かが足りない(ので購入に至らない)」といった欠点が見えてくるのではないでしょうか。肝心なのはその原因として思い当たることを自分なりに仮説にしてみることです。もしも仮説が正しければそれを示す傾向が顧客データに表れているはずなので、それを検証していきます。仮説が立証されれば改善策を講じられますし、仮説が否定されたとしても、それはそれで意味のある知見となります。新たな仮説を立ててデータを検証する作業を繰り返せば、いずれ「正解」に行き着く可能性が高まるからです。
「消費者の目線に立つ」ということは、思いのほか重要です。メーカーや流通側は、買ってもらいたいものをどう効果的に「売り場」に並べるかという視点で考えがちですが、顧客にしてみればそこは「売り場」ではなく「買い場」です。「どうすれば売れるか」ではなく、「どうすれば買いたくなるか」という発想で改善できることは少なくありません。また、消費者として感じられる気持ちのよい体験と、そうでない体験の違いも分かってくるはずです。
もう1つの方法は、データを見て気づいたことに関して仮説を立てることです。ある商品の売り上げが急に減少し始めていることが分かったとしたら、その要因を自分なりに考え、データをエビデンスとして検証してみる。売り上げの増減のように明確なものではなくても、データに何らかの傾向が見えたとしたら、その背後に顧客が「困っていること」や「喜んでいること」があると推測できます。ある項目で見出された傾向が他の複数の項目でも認められたとなれば、仮説の信憑性が高まり、課題解決に向けた対策を立てられます。逆に顧客があることに喜んでいる傾向が見えてきたなら、それをさらに強化したり、別の顧客にも適用したりするといった施策を展開することが考えられます。
このようにデータを基に「仮説思考」や「論理的思考」を行うことは、マーケティングにとって非常に有用です。私も若いころからそのトレーニングを重ねてきており、それが現在の自分の大きな土台となっています。
データ活用の“成功体験”が変革の入り口に
顧客データの活用において多くの企業が苦労することの1つに、データ部門などがデータ分析に基づいて業務改善を促しても、現場担当者たちの理解や共感を得られにくいという問題があります。
現場担当者は、それまでの長い経験によって築かれてきたプロセスの中で日々業務をしています。示された提案が自分たちの感覚と異なれば、それを受け入れる気になれないのも無理はありません。現場担当者に耳を傾けてもらうには、それなりのステップを踏み、データが役に立つものだと理解してもらうことが必要です。
理想的な順番としては、まず現場の悩みごとや不明点を聞き出し、そこにデータを活用してみること。データ起点ではなく、あくまでもイシュー(課題)起点で考えるということです。“成功体験”をつくればそれが入り口になり、次第に現場でもデータを見ることが当たり前になっていきます。「現場の困りごとにデータで貢献していく」というスタンスが、信頼につながっていくのです。具体的な方法については、データドリブンな文化を組織に定着させるための方策などを次回の誌上講義で紹介します。
分析能力を身につけることでビジネスセンスが磨かれる
顧客データをしっかり分析できる環境を整える効用は、CXやLTVの向上にとどまりません。データ活用は、人材育成にとっても極めて有効だと私は考えています。
人を成長させる大きな原動力の1つは「新しい経験」ではないでしょうか。それには、ルーティーンワークを繰り返すのではなく、今いる枠の外に出て未知の何かに出合ったり、それまで培ってきたものとは異なる価値観に触れたりすることが必要ですが、現実にはそうした機会は簡単に与えられるものではありません。
その点、顧客データの分析は、これまでにない視点や知見を獲得するプロセスそのもの。データには、顕在化していない多くの「真実」が含まれており、その対象は自社のビジネスにとって最も重要な「お客様」です。営業や接客など顧客に近いところで業務をしている人も、データを軸にして「仮説思考」や「論理的思考」をすれば、日々の経験とはまた違った角度から顧客を捉えられるようになるでしょう。
データ分析には高度な専門知識やスキルが必要なのではないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。もちろん高度な専門性を要するビッグデータ解析業務も存在しますが、例えばマーケティング施策のための顧客データ分析にはそこまでのノウハウは必要ありません。求められるのは、例えばデータから「ある行動を取った顧客が25%いた」という事実が明らかになったとき、それが多いか少ないかを判断する能力と、それを基にCXの改善や向上に向けた施策を立案する能力です。いわゆる理系・文系による向き不向きもそこまであるとは思いません。確かに数字を見るという観点で理系の人と相性がよい場合はあるかもしれませんが、データの背後にある顧客の思いを汲み取る、文脈を読み解くといったことは、むしろ文系の人の方が得意だったりするのではないでしょうか。
顧客データの分析を通じて「仮説思考」や「論理的思考」をすることはマーケティングに役立つだけではなく、あらゆる業務プロセスにおける基礎能力を養うとともに、ビジネスセンスを磨くうえでも効果的です。経験年数の浅い若手社員にとっては、上の世代と別の視点でわたりあう“武器”を持てるという意味でも、モチベーションを高めることにつながります。
顧客データの分析は比較的着手しやすいため、将来的にファイナンシャルデータなどより複雑なデータを分析できるようになるための足掛かりとするにも有効ですし、リスキリングの格好の手段ともなり得ます。私は、それまでまったくデータを扱った経験がない人が顧客データを分析するスペシャリストになったり、エンジニアが顧客データ分析をしたのをきっかけにデータの世界に本格的に興味を抱いて、データサイエンティストになったりしたケースを何例も見ています。CDPが導入されたのを機に年配のエンジニアが顧客データを詳しく分析するための高度なスキルを身につけた事例もあり、新たな知識・技術習得の機会にできるのは若い世代だけではありません。「データを活用できる人材がいない」ことを課題にあげる企業は少なくありませんが、まずは挑戦できる環境を整えてみてはいかがでしょうか。
データというのは万人に平等で、努力や訓練を重ねて分析ノウハウを身につければ、誰もが必ずといっていいほど結果を出せるようになります。質の高いマーケティングを実現するだけではなく、社員のキャリアの可能性を広げるためにも、ぜひ顧客データの活用に取り組むことをお勧めします。
【次回】第3回:成功企業に共通する「データに基づいた意思決定の仕組み」とは?
<スピーカー>
石附 洋徳 氏
ボストン コンサルティング グループ(BCG)
パートナー & アソシエイト・ディレクター
博報堂、カシオ計算機でCDO兼CIOを務め、2023年にBCGに入社。マーケティング・営業・プライシンググループのコアメンバーで、デジタル・マーケティング、EC、CRMのエキスパート。マーケティング領域でのデータやデジタル技術を活用した事業変革、新規サービス開発などを得意とする。また、製品開発、サプライチェーン・マネジメント(SCM)、インフラ、セキュリティに至るまで幅広い領域でのデジタルトランスフォーメーションの経験が豊富。