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ビジネスを変革する顧客データ活用法 Vol.5

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顧客データをいかにビジネスに活用するか。これは、多くの企業にとって重要なテーマと言えるだろう。顧客データの活用は、企業が顧客中心のビジネスモデルを構築するための基盤となる。顧客の声を聞き、それに応じて製品やサービスを改善し、新しい顧客体験を創出することで、企業は顧客の期待を超える価値を提供し、不透明な市場環境の中でも持続的な成長を達成することも可能だ。ただし、その実現は言葉で言うほど簡単なことではない。顧客データの活用に詳しいボストン コンサルティング グループ(BCG)の石附 洋徳氏が5回にわたり、活用のポイントや注意点について解説する。

Vol.5
リスクかチャンスか
ビジネスリーダーが持つべき投資判断のポイントとは?

顧客のインサイトを正しく把握するためのデータ活用に限らず、競合他社が取り組んでいるさまざまなデジタル化に後れを取ると、いずれ顧客や取引先、市場から見放される可能性がある。経営者はそうしたリスクを認識し、AI活用も含めてデジタルへの的確な投資を行うことが必要だ。また、顧客データに立脚したビジネスをスムーズに展開するためには、経営サイドにも現場サイドにも、推進役となるキーマンを置くことが重要になる。

<目次>

顧客体験価値を高めることが、未来の収益を築く

 この誌上講義では、一時的なCS(Customer Satisfaction:顧客満足度)を満たすよりも、継続的にCX(Customer Experience:顧客体験価値)を高める努力をし、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を向上させることの重要性をさまざまな見地からお伝えしてきました。

 CPO(Cost Per Order:顧客獲得単価)が厳しく問われる状況下で、5年や10年といった単位でLTVを追いかけることは「悠長」に映るかもしれませんが、CPOをできるだけ抑えようとする取り組みと、CXの質を高めてLTVを向上させる取り組みは、どちらもビジネスを成り立たせるうえで不可欠です。
とはいえ、CXも最終的には収益に結びつけなければなりません。そのために必要なのは、数値指標の表層をとらえるだけではなく、その背後にある個々の顧客の行動にもしっかりと目を向けることです。例えばあるブランドの顧客Aはシリーズ商品をコレクションとして集める感覚で購入している。一方、顧客Bは10年前に購入した商品を深く気に入って愛用し続けているとします。ブランドに対する愛着という視点だけでロイヤルティを単純に数値化すると両者は同じように見えてしまう可能性がありますが、顧客AとBには異なるアプローチが必要です。

 顧客Aにはこれまでどおり商品に関する情報を定期的に届けることで持続的な売り上げが見込めますが、顧客Bはそうはいきません。そこで有効なのが、例えばオケージョンによるシリーズ商品の使い分けを勧めたり、顧客Aのようにコレクションを楽しむ人もいるといった情報を発信したりすることです。
 また、顧客Bをインフルエンサーと位置付けて、その商品を長年愛用していることをSNSなどで発信してもらうように働きかけるといった手も考えられます。LTVを伸ばすには、このようにきめ細かな対応を積み重ねることが重要で、こうしたマーケティングが可能なのは、デジタル化の進展によってあらゆる接点で顧客の動きを把握できるようになったからにほかなりません。

 購買行動を分析するうえでもう1つ目を配りたいのが、その顧客が自社以外のものも含めて「同じカテゴリーの商品をトータルでどれだけ買っているか」です。自社商品を3個買った顧客と2個買った顧客を単純に比べると前者の顧客のロイヤルティが高く見えますが、実はそうとは限りません。
 3個買った顧客がそのカテゴリーの商品を他社のものも入れて全部で10個買っているとすれば、自社のシェアは30%となります。一方、2個買った顧客が他社のものを1個しか買っていなければ自社のシェアは60%以上になり、「買ってくれた個数は少ないが、“ファン度”がより高い」、一方で「そのカテゴリーにおける消費金額は少なく、売上向上の余地は少ない」という見方もできます。このように物事を違う角度でとらえるとまったく別の景色が見えることはよくあります。最適なマーケティング戦略を練るためには、できるだけ視野を広くして顧客データを分析したいものです。

デジタルへの投資は市場を生き抜くために不可欠

 顧客データに立脚したビジネスを展開しようとするときに留意したいのが、現場と経営層の視座の違いが招く認識や見解のズレです。現場はビジネス全体を俯瞰する「鳥の目」を持ちにくく、経営層は逆に顧客を近くで見る「虫の目」を持ちにくいため、互いの視点を補完し合わなければなりません。
 仮に現場がCXを高めるために、ある仕組みをデジタル化したいと考えたなら、そのことで顧客の行動や自社の対応がどう変わるのかの具体像を、分かりやすく経営層に示すことが求められます。導入したいツールの説明に力点を置くのではなく、それが自社のビジネスにどういう価値を生み出すのかを明らかにするのです。
 説明を受けた経営者から、「それが収益にどう反映されるの?」といった反応があると、長期的視点でLTVを高めようとしている現場の担当者はひるんでしまうこともあるかもしれません。しかしCXは最終的に収益に結びつけなければならないわけですから、「利益がどれだけ出るか」は重要な問いです。いわばビジネスの根幹ともいえるその部分を忘れてしまうと、取り組み自体が目的化し、向かうべき行き先を見失ってしまうでしょう。

 一方、経営サイドとしては、今のうちにビジネスの本格的なデジタル化に着手しておかなければ「列車に乗り遅れる」という危機意識を持たなければなりません。「これまでこのやり方でやってきた」という実績や自信があったとしても、競合間で進むデジタル化の波に乗り遅れていては、2~3年後には顧客に見向きもされなくなるおそれがあります。また、デジタル化が十分でない企業はサプライチェーンにおいて取引対象から外されるといった状況も生まれつつあり、そうなるとデジタルへの的確な投資は市場を生き抜くために不可欠といえます。
 サステナビリティに対する配慮なども同様で、共通の社会課題にしっかりと向き合わない企業はいずれ市場から撤退せざるを得なくなるでしょう。経営層に対して啓発をすることはIT部門やデジタル部門の大切な役割であり、私もその立場にいたときはそうした責務を果たしてきたつもりです。

 CDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)やCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)にとっては、顧客とのつながりを深め、生産性の向上にも寄与するデータ活用が必要不可欠な投資であることを折に触れてトップに喚起し、データ活用を組織全体に浸透させることが重要な使命になります。

データ活用を主導するキーマンの存在が重要

 デジタル化の進展に伴い、顧客との関係性構築にもデジタルを活用することに前向きな姿勢を示す経営者が増えつつありますが、少し前までは本当の意味でそのことの重要性に気づいている人は、あまり多くありませんでした。それは、個別の顧客データに基づいたきめ細かなアプローチが、自社の商品やサービスへのロイヤルティ向上につながると実感できる機会が今ほどはなかったからだと思います。

 ところが、デジタル化によって顧客との接点が飛躍的に拡大するとともに、データに基づいたマーケティング施策を行って成果をあげる企業が増えてきました。以前もお伝えしたように、誰もが感じていながらこれまで解決できなかったちょっとした課題を、データ分析に基づいて解消するといった小さな成功体験を得ると、社員の意識ががらりと変わるきっかけになり得ます。それを全社で共有することを繰り返すうちに、経営者もデータ活用がビジネスに与えるインパクトを実感できるようになるはずです。

 企業の意思決定にはトップダウン型とボトムアップ型がありますが、前者であればトップに働きかけられる立場の執行役員、後者なら現場に推進役となるキーマンを置き、粘り強くデータ活用のユースケースと成功体験を積み重ねていくしかありません。いずれにしても、「企業活動」という大きな川の流れに「データ」という船をどう乗せられるかという問題であり、「データによってどうビジネスを変えるのか」という展望を熱い想いとともに持ち、それに基づいて正しい方向へきちんと舵を切れる「船頭」の存在が重要だということです。

AI導入の鍵は多角的検証 自社のポテンシャルを最大化

 ビジネスにおけるAIの重要性は日増しに高まり、経営者はその投資判断も迫られるようになりました。定型的な作業を省力化するだけではなく、例えばユーザーと商品を組み合わせた画像を生成してバーチャル試着を可能にするなど、新たなCXを創出するうえでもAIは有効です。BCGの調査でも、既に多くのCMO(Chief Marketing Officer:最高マーケティング責任者)が生成AIを活用し、新商品の開発や新たなビジネスモデルの立ち上げを計画していることが分かっています(図参照)。

 また、「推測」に長けた予測AIには人がデータ分析をするうえで有用なインスピレーションを与えてくれることも期待でき、前回お話ししたように、人とAIの「共創」でビジネスを活性化させられる可能性があります。ただしAI活用がもたらす効果は業種ごとに異なり、流通業でうまくいったことが製造業ではうまくいかない、といった場合もあると思います。また、同じ業種でも業務プロセスは企業によって異なるため、同業他社が成功したことが自社にも当てはまるとは限りません。

 AIの導入に際して重要なポイントは、あらかじめ多角的な検証をして、自社のポテンシャルを伸ばすのに大きな効果がありそうな業務プロセスを見極めることだと私は考えます。多くの企業がAIの活用を試していますが、現状ではそれほど目立った成果は得られていないようです。事前に最適な活用領域を見出すことなく、AIを取り入れること自体が目的化しているケースが多いからかもしれません。
 とはいえ、AIが多少なりとも現場になじんでいるとしたら、それは今後のアドバンテージとなるでしょう。経営層が事業に大きなインパクトを与えられそうなAI活用の道を見定めたとき、それを受け入れる下地ができているからです。

 ここまで5回にわたって、顧客データをいかに有効活用するべきかを考察してきました。「CXを高めLTVを向上させる」という目的を明確にし、自社のパーパスに基づく自分たちの提供価値をしっかり認識することの大切さをお伝えしてきましたが、それが実践できれば、自社をさらなる成長に導くために必要な投資判断もおのずと的確に行えるようになると思います。

第1回:なぜLTVの向上が企業成長の鍵となるのか?
第2回:今、あらためて考える 顧客データ活用の重要性と可能性とは?
第3回:成功企業に共通する「データに基づいた意思決定の仕組み」とは?
第4回:AIが実現するマーケティング革命ハイパー・パーソナライゼーションと効率化の可能性とは?


<スピーカー>

石附 洋徳

石附 洋徳 氏

ボストン コンサルティング グループ(BCG)

パートナー & アソシエイト・ディレクター

博報堂、カシオ計算機でCDO兼CIOを務め、2023年にBCGに入社。マーケティング・営業・プライシンググループのコアメンバーで、デジタル・マーケティング、EC、CRMのエキスパート。マーケティング領域でのデータやデジタル技術を活用した事業変革、新規サービス開発などを得意とする。また、製品開発、サプライチェーン・マネジメント(SCM)、インフラ、セキュリティに至るまで幅広い領域でのデジタルトランスフォーメーションの経験が豊富。

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トレジャーデータ株式会社

2011年に日本人がシリコンバレーにて設立。組織内に散在しているあらゆるデータを収集・統合・分析できるデータ基盤「Treasure Data CDP」を提供しています。デジタルマーケティングやDX(デジタルトランスフォーメション)の根幹をなすデータプラットフォームとして、すでに国内外400社以上の各業界のリーディングカンパニーに導入いただいています。
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