これまで一部のスキルを持った人間しかできなかったVR空間の構築。このハードルを大きく下げたのが、株式会社Psychic VR Lab(以下、Psychic VR Lab)が提供する「STYLY」です。専門的な知識がなくてもVR空間を作成して配信できる同ツールを提供する同社が描くVR活用の未来とはどのようなものであるのか。「PLAZMA Japan IT Week 2019春」に登壇した同社のCreative Directorである八幡純和氏が解説します。
VRアーティストを支援する「STYLY」
人々の生活に浸透しつつある仮想現実(VR)の世界。ゲームや遊園地といった特別な場面で利用されるのみならず、いまや一般的な展示やビジネスの場でも活用が進んでいる。そのVR空間を、専門的な知識がなくても構築できるツールが存在する。Psychic VR Labが提供する「STYLY」だ。
「STYLYは、アーティストに空間表現の場を提供するクリエイティブなプラットフォームです。VR版YouTubeのようなもので、専門的な知識がなくてもVR空間が構築できます。YouTubeによって才能が開花し、活躍する人がいるように、STYLYを通じてVRの空間アーティストを名乗る人も出てきています」と、Psychic VR Labの八幡氏は説明する。
通常VRコンテンツを用意するには、VRの専門知識を持つエンジニアがプログラムを書き、アプリケーションをデバイスに配布することになる。「こうしたハードルの高い部分をすべてSTYLYが吸収します」と八幡氏は説明する。
STYLYでは、Webブラウザ上でVR空間を作成でき、ワンクリックで公開できるという。3DのモデリングやCGも、用意されているオブジェクトライブラリから必要なものを選ぶだけだ。VRデバイスには、クラウドを通じてコンテンツを配信する。このようにシンプルな仕組みでVR空間が用意できるため、製作者はクリエイティブに集中できるという。もちろん、エンジニアや3Dアーティストがさまざまなソフトで作ったプログラムやデータを取り込み、複雑な空間を作ることも可能だ。
また、Psychic VR Labでは「STYLY 3D Scanner」という3Dスキャナーも提供している。同スキャナーを利用すれば、撮影した写真がクラウド上で処理され、10~15分で3D化されるという。
STYLYのさまざまな活用例
Psychic VR Labでは、米国で開催されている年次テクノロジーイベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」に2017年よりパルコとともにSTYLYを出展し、さまざまな活用例を紹介している。例えば2017年は、トレンチコートが作られる過程を3Dで再現したほか、購入後の経年変化の様子も見せ、過去、現在、未来の姿をSTYLYで表現した。また、複数人で同じVR空間に入ってショッピングを楽しんだり、自ら移動しなくてもさまざまな空間を見て回ったり、気に入った洋服を選んでマイクローゼットに保存したりといった仕組みも用意した。2018年にはシステムをアップデートし、複数の人が同じVR空間に入ってショッピングを楽しめるようにした。
また、STYLYのその他の事例として、島精機製作所が、創立55周年記念にバーチャルショールームを、同ツールと用いて構築している。島精機製作所のアパレルCADシステムにはもともと3Dデータが入っているが、洋服のデザインやプレビューはコンピュータの2次元画面上で行われている。その元となる3DデータをVRに取りこみ、コンピュータ画面でデザインした洋服をさまざまな空間で3D化したという。
MRを取り入れたバーチャルなショッピングも
島精機製作所がすでに行っているように、洋服のデザインのデジタル化は進んでいる。その中で、「例えば人間の体を模したものに洋服を着せてシワやシルエットをコンピュータ上で確認し、人間が動くと服がどう見えるかシミュレーションできるような高機能なソフトも登場しています」と八幡氏。こうしてシミュレーションしたものを映像に落とし込んでデザインをプレビューし、サンプルを製作することも可能だという。「デジタルデータを活用することでデザインのサイクルが短縮できるため、こうしたソフトの活用が進んでいるのです」と八幡氏は説明する。
また、このようにして作られたシミュレーションデータをSTYLYに取り込んでVRでレビューし、2次元画面よりも詳細に立体感やシルエットを捉えようという動きがあるという。
またPsychic VR Labでは、現実とバーチャルが重なり合うMR(複合現実)への取り組みも進めている。「パルコと協力し、実際にはほとんど何もない空間にバーチャルオブジェクトを置いて空間を彩り、MR用メガネをかけてショッピングを楽しむといったバーチャル展示会を実施しました」と八幡氏は説明する。その場には実際の洋服も用意したが、現場には置けない在庫やモデルを配置し、ブランドの世界観を体験してもらったという。
Psychic VR Labでは、STYLYをMRに対応すべくアップデート中で、「STYLY MR」としてアルファ版を準備中だ。2019年に各所で実証実験を開始するとしている。
またPsychic VR Labは、博報堂プロダクツとの共同プロジェクトとして、MR情報を集約するサロン「TIMEMACHINE」もオープンした。パートナーとしてパルコおよびデジタルガレージも加わり、4社で運営しているという。「日本ではあまりMRの情報が得られません。そこでTIMEMACHINEに最先端の情報を集約し、設備としてMRデバイスや3Dスキャナーも用意しています。今後エンジニアと交流会やハッカソンなどのイベントも開催する予定で、さまざまな業界でのMR活用法を見い出したいと考えています」と八幡氏は述べている。
VR空間のアーティスト育成に貢献
八幡氏は、STYLYを通じてVR空間のアーティスト育成にも注力したいとしている。その一環としてPsychic VR Labでは、パルコおよびロフトワークと共同で、STYLYを使ったVRコンテンツのコンテスト「NEWVIEW AWARDS 2018」を開催した。
同イベントについて八幡氏はこう説明する。「アーティストに空間表現の場を提供し、活躍してもらうためのイベントです。今後、空間を作るアーティストの存在は非常に重要になってきます。MRデバイスが市場に出てくると、人は現実空間とバーチャル空間を重ね合わせた空間で生活することになりますから。その際、こうしたアーティストが空間を彩ることになります」
NEWVIEW AWARDS 2018では、アートやファッション、フォトを表現したさまざまな空間が生まれ、絵本作家など過去にまったくデジタルと縁がなかった人からも異色の作品が数多く出てきたという。
2019年は、こうしたコンテストのほか、VRが学べる「NEWVIEW SCHOOL」を開校した。まったくの初心者からCGアーティストまで、応募が殺到したという。八幡氏は、「Psychic VR Labのビジョンは、人々が空間を身にまとって生活する世界を実現すること」と話す。そのような世界は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。