日本全国でショッピングセンターを運営する株式会社パルコ(以下、パルコ)。ファッションやアートを軸に、顧客をワクワクさせる売り場づくりが強みだ。複数のテナントによるショッピングセンター業態では、顧客との接点不足が課題になる。この課題に対し、パルコは買い物体験にアプリを組み込むことで解決を図った。
アプリによるカスタマージャーニーに沿った接点づくりと、データに基づく顧客コミュニケーション改善サイクルについて、同社執行役員の林直孝氏がイベント「PLAZMA OMO」で語った。聞き手は株式会社UNCOVER TRUTHの小畑陽一氏とトレジャーデータ株式会社の堀内健后が務めた。
<目次>
林 直孝 氏
株式会社パルコ 執行役員 CRM推進部兼デジタル推進部担当
株式会社パルコデジタルマーケティング 取締役
株式会社アパレルウェブ 取締役
パルコ入社後、全国の店舗、本部及び、Web事業を行うグループ企業の株式会社パルコ・シティ(現 株式会社パルコデジタルマーケティング)を歴任。 2013年に新設された「WEBコミュニケーション部」にてPARCOのデジタルマーケティング及びオムニチャネル化を推進。 2017年より「グループICT戦略室」にて、ショッピングセンターのDX(デジタルトランスフォーメーション)を具現化するため『デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム』戦略の推進を担当。 2020年より、現職。
小畑 陽一 氏
株式会社UNCOVER TRUTH
取締役COO
2014年、サービス品質向上と組織強化をミッションに、取締役として(株)UNCOVER TRUTHの経営に参画。主にマーケティングおよびストラテジーを管掌。ad:tech Tokyo / Kyushu、宣伝会議、MarkeZine、Web担当者フォーラムなど大型カンファレンスやセミナーにて講演活動多数。
著書:「ユーザー起点マーケティング実践ガイド」(CDP専門書籍)
執筆:DXnote(CDP専門メディア)
堀内 健后
トレジャーデータ株式会社
マーケティングシニアディレクター
トレジャーデータの日本法人設立当初の2013年2月より日本の事業展開に従事しており、PRからマーケティング、事業開発まで担当している。トレジャーデータ以前は、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(現日本アイ・ビー・エム株式会社)にて、業務改革、システム改革のプロジェクトに参画。その後、マネックスグループにて、顧客向けWebサービスの企画・開発のプロジェクトマネージャーを担当していた。外資企業から日本企業、大企業からスタートアップ、など幅広い環境で幅広くキャリアを経験している。
パルコは「素敵な出会いを提供する場」を目指す
パルコの業態は、複数の専門店が同一ビル内にテナントとして出店する、いわゆるショッピングセンターだ。顧客と接するのは各テナントであり、パルコが直接顧客と接することができるシーンは限られる。ハウスカード「PARCOカード」の会員情報に基づいて送付するDMなどが数少ないつながりだった。
そこでパルコは、顧客との接点を増やして顧客起点マーケティングを実現するために、ショッピングセンターの提供価値の本質である、顧客とテナントのマッチングの精度をデジタルも駆使して高め「より良い買い物体験を創る」ことを目指した。
パルコは各テナントをただの出店者ではなく、共に創意工夫していく「イコールパートナー」と位置づけている。パルコは現在、ショッピングセンターからセレンディピティセンター(=素敵な偶然に出会う場所)へ進化しようとしている。
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パルコは各テナントをただの出店者ではなく、共に創意工夫していく「イコールパートナー」と位置づけている。パルコは現在、ショッピングセンターからセレンディピティセンター(=素敵な偶然に出会う場所)へ進化しようとしている。
顧客とパルコをつなぐアプリ「POCKET PARCO」
顧客接点を広げるための重要な仕組みが公式アプリ「POCKET PARCO(ポケットパルコ)」だ。ダウンロード数は170万を超え、利用者数はますます増加している。アプリリリースは2014年だが、当時既にパルコの顧客の間では、スマートフォンを活用して来店前にSNSやインターネットから情報を得るのが当たり前になっていた。来店前から顧客接点を作り始めるのがアプリの目的だ。
リリース当初の機能は「クリップ」「チェックイン」「コンバージョン」の3つ。頭文字を取って「CCCモデル」と呼ばれていた。
クリップ(Clip)
アプリ内ではパルコのオリジナル記事や各テナントがブログ記事を投稿して店舗や商品を紹介する。顧客は気になるショップや商品に関する記事をお気に入り登録(クリップ)して買い物の参考にできるとともにパルコでの買い物に使える「PARCOポイント」と交換できる「コイン」を獲得できる。
クリップの履歴は顧客の興味関心を示す重要なデータだ。より興味のありそうなショップの記事をアプリ上でフィードする等のマーケティング施策にも活用される。クリップと実際の売上の相関分析等も行っている。
チェックイン(Check in)
パルコの館内でアプリを起動すると自動でチェックインし、顧客の来店を検知できる。「コイン」をチェックイン時にも付与することで、アプリの起動を促す仕組みだ。月間の規定回数以上チェックインするとボーナスも設定されており、来店頻度を増やす施策にもなっている。
コンバージョン(Conversion)
ここでのコンバージョンとは、購買体験を指す。アプリを「PARCOカード」などのクレジットカードと連携しておくと、アプリのユーザー情報とカードの購買データを紐づけて保存できる。アプリとカードの連携によりPARCOポイントを多く付与することで連携を促している。
以上がリリース当時のアプリ機能だ。顧客の興味関心や購買計画、クリップからチェックインまでの日数、クリップまたはチェックインした顧客のうちどのくらいが購買に至るか等々、アプリにより多くの情報が可視化された。株式会社UNCOVER TRUTH(以下、UNCOVER TRUTH)の小畑氏は「買い物計画が見える化された」と表現している。
「CCC」の流れは、情報収集から来店、購入に至るまでのカスタマージャーニーの流れと一致している。クリップ後の来店・購入の有無、来店までの期間を分析すれば、より実像に近いカスタマージャーニーを描くことが可能だ。
顧客理解を一層深めるために、「CCC」から「CCWCS」へ
その後「POCKET PARCO」には「ウォーキング(W)」と「サービス評価(S)」の機能が追加された。「CCC」から「CCWCSモデル」への進化だ。
ウォーキング(Walking)
チェックイン後にパルコ内を500歩以上歩くとコインが付与される機能だ。スマートフォンの歩数カウント機能を使って実装している。
これまでのデータ分析の結果、複数のカテゴリーのショップで買い物体験をした顧客の方が、そうでない顧客に比べてファン度が高いことが分かっている。ウォーキング機能は館内回遊の動機付けになり、新しいショップや商品に出会う機会の創出とファン化の促進に一役買っている。
小畑氏は仕組みを知らない配偶者にアプリを入れてもらい、実験的にパルコを訪れてみたという。ウォーキング機能により「他のフロアにも行ってみよう」という気持ちが実際に喚起される様子を目の当たりにし、「面白い気付きだった」と振り返る。
サービス評価(Star rating)
購入した商品ではなく、購買体験を☆の数で評価してもらう機能だ。CCCでは購買(コンバージョン)に至るまでの行動データしか取っていなかったが、購買後に顧客の声を聞くフローを組み込んだ。
顧客からの評価は、パルコにとってもイコールパートナーにとっても貴重な情報源だ。
「CCC」にはなかった「館内滞在中」と「購買後」の顧客データを取得することにより、「CCWCS」ではより一層顧客理解が深まった。
さらに、2019年10月には、QRコード決済「ポケパル払い」が導入された。PARCOカードやセゾンカードをアプリに登録し、「ポケパル払い」を利用すると、ランクに応じてポイントが付与され、次回以降のショッピング時にポイント利用もできる仕組みだ。
蓄積したデータをコミュニケーションに活用する「DAPCサイクル」
アプリから取得した会員情報、行動データ、購買データはCDPに集約して格納されている。これらのデータを活用したパルコ独自のCRMフローが、PDCAならぬ「DAPCサイクル」だ。
D(Data)=データを貯め、活用できる状態にする A(Analytics)=顧客理解を念頭にデータを分析し、どのようなサービスが求められているか推測する P(Planning)=推測に基づき、対顧客コミュニケーションのプランニングをする C(Communication)=コミュニケーションを実行する |
PDCAでは実行フェーズが「D(Do)」で表されているが、DAPCでは敢えて「C(Communication)」と言い切っている。顧客との対話を重視する姿勢の表れだ。
コミュニケーションの結果得られたデータはアプリを通してCDPに蓄積され、「D(Data)」に戻る。こうして継続してサイクルを回し、顧客理解と関係性の構築を進める。
部署間のシームレスな連携でサイクルを回す
DAPCサイクルのフローのうち、データの蓄積と分析はデジタル推進部、プランニングと実行がCRM推進部の役割だ。現場に近ければ近いほどよく見えるものもあれば、見えすぎてしまう部分もある。全体を客観的に見られるよう、データ分析と施策実務を役割分担している。
林氏は現在、両部署の責任者を務めている。はじめからそうだったのではなく、両部署が連動してシームレスに運用できるよう、組織自体を変えて体制を整えてきた結果だ。1人の役員が管掌することで、フラットな意思決定ができる。
多くの企業でCDPの導入支援を行うUNCOVER TRUTHの小畑氏によると、データ統合の際に組織の壁が障害になるケースはよくあるという。スムーズな連携のために組織自体を変えたパルコの手法は、課題解決のヒントになるだろう。
トレジャーデータの堀内も部署間連携について、仕組み化してオペレーションに組み込むこととお互いのメリットを明確にすることが大切だと述べた。特定の組織にはメリットがあっても、その他の組織にとってメリットがなく負担ばかり増えるものであれば連携は上手くいかない。
デジタル推進部とCRM推進部はお互いの得意分野で他方をサポートしメリットを与えあうことで、有意義な部署間連携を実現している。
今後のIN/OUTデータの拡張に耐えうるCDPを選定
パルコのマーケティング基盤の核となるCDPには、Treasure Data CDPが利用されている。
データプラットフォームの設計とツール選定にあたっては、システムの拡張性や他の情報システムとの連携可用性の確保を重視した。
CDPが担う大きな役割は、データのインプットとアウトプットだ。CCCからCCWCSへの進化でインプットデータは増え、今後の機能拡充でさらに増えることが想定される。取り扱うデータが増えた際の拡張しやすさは、発展途上のシステムにとって重要な要素だ。DAPCサイクルによって顧客のニーズに基づいたアウトプットを行うには、他システムとの柔軟な連携も欠かせない。
林氏は特に他システムとの連携しやすさをTreasure Data CDPの長所として挙げている。170を超える連携コネクタが標準機能として備わっているのは、Treasure Data CDPの特徴のひとつだ。
「作業の負荷も含め、従来の仕組みだと一個一個手作りしないといけなかった部分がかなりフリーになる」(パルコ 林氏)
システムにせよ施策にせよ、いち早く決定して試してみるのがパルコのカルチャーだ。しかも一度導入したからと惰性で使い続けるのではなく、問題があればすぐに次の手を考える。良い悪いがはっきりした姿勢は、サービス提供側としても「相談しやすく、進めやすい」とトレジャーデータの堀内は話す。
パルコの「顧客起点マーケティング・サークル」
UNCOVER TRUTHの小畑氏が提唱する顧客と企業のエンゲージメントのフレームワークが「顧客起点マーケティング・サークル」だ。
中心に事業のコアとなる「顧客」がいて、顧客を取り巻く「顧客体験」がある。顧客体験の増幅のために「マーケティング基盤(ツール)」が用意され、この基盤の上に「戦略」が成り立っている、という関係を同心円で表している。
パルコの顧客起点マーケティングをこのフレームワークで表すと、次のようになる。
戦略 | 単なるショッピングセンターではなく、セレンディピティセンターへ |
マーケティング基盤 | 顧客属性、行動、購買のデータをTreasure Data CDPに集約し、DAPCサイクルを回しながらエンゲージメントを高める |
顧客体験 | 独自のCCWCSモデルによるカスタマージャーニー設計で新しい発⾒とワクワク体験を増幅 |
顧客 | 各テナントを介したBtoBtoCから、顧客と直接つながるBtoCマーケティングに |
2000年という早い時期にWeb事業を担うグループ企業である株式会社パルコ・シティ(現在の株式会社パルコデジタルマーケティング)を設立し、Webやデジタルを活用した顧客理解に取り組んできたパルコ。
グループ企業設立を第一の転換点とするなら、CDPを利用したマーケティング基盤を軸にした顧客起点マーケティングの本格化は第二の転換点といえる。顧客と直接つながることで取得・分析できるデータの量が大幅に増加し、顧客理解がますます深まり、顧客体験のさらなる向上を目指している。
パルコとデータの今後
「昨今のロボット技術の進化は目覚ましい。いずれ購買体験を向上させるロボットも実現できるはずだ」と林氏は言う。
実現への第一歩として、2015年ごろより店舗で様々なロボット活用をすすめており、2021年2月には自律移動型警備ロボットの実証実験を行った。ロボット技術に関しては今後も実験を繰り返し、実現に近づけていく計画だ。
パルコが顧客に提供する「素敵な体験」は購買体験だけに留まらない。2019年に渋谷PARCOで行ったイベントでは、スマートフォン越しに見ると店舗のブランドイメージに沿ったビジュアルが浮かび上がるARインスタレーションを展開した。
今後はユーザーごとにパーソナライズされたバーチャルなビジュアルを表示させる事で店舗でのショッピング体験を拡張していく構想もあるという。スマートグラスのスピーカー機能と顧客の興味関心データを組み合わせれば、顧客によってショップのBGMを変えることもできるかもしれない。林氏はそんな未来予想図を語った。
データの活用により可能性を広げたパルコは、よりワクワクでき楽しめる「場所」としての価値を高めていくだろう。
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