株式会社サンリオ(以下、サンリオ)の顧客であるファンは、年齢も属性も非常に幅広く、また長期にわたってブランドを支持してくれている。一方で、同社は熱心なファン以外のライトなファン層との接点を持てず、顧客理解に苦慮していた。
この課題を、CDPを核にしたマーケティング基盤と全社共通ポイントサービスで解決する過程を、同社CDOの田口歩氏がイベント「PLAZMA OMO」(2021年4月開催)で語った。聞き手は株式会社UNCOVER TRUTHの小畑陽一氏とトレジャーデータ株式会社の堀内健后が務めた。
<目次>
田口 歩 氏
株式会社サンリオ
CDO(チーフデジタルオフィサー)
マーケティング本部 ダイレクトコミュニケーション統括部
国際データ通信事業者のエンジニアとしてキャリアをスタート。インターネット黎明期にISP事業立ち上げに参画した後、外資系スタートアップにて動画ストリーミング、音楽配信事業立ち上げを経験。その後Webコンサルティング会社(SIPS)の代表取締役、大手Webインテグレーターの執行役員を歴任。2012年よりサンリオにてデジタルマーケティングを統括する。2018年、チーフデジタルオフィサーに就任し、引き続きサンリオの顧客体験価値の最大化を目指す。
小畑 陽一 氏
株式会社UNCOVER TRUTH
取締役COO
2014年、サービス品質向上と組織強化をミッションに、取締役として(株)UNCOVER TRUTHの経営に参画。主にマーケティングおよびストラテジーを管掌。ad:tech Tokyo / Kyushu、宣伝会議、MarkeZine、Web担当者フォーラムなど大型カンファレンスやセミナーにて講演活動多数。
著書:「ユーザー起点マーケティング実践ガイド」(CDP専門書籍)
執筆:DXnote(CDP専門メディア)
堀内 健后
トレジャーデータ株式会社
マーケティングシニアディレクター
トレジャーデータの日本法人設立当初の2013年2月より日本の事業展開に従事しており、PRからマーケティング、事業開発まで担当している。トレジャーデータ以前は、プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(現日本アイ・ビー・エム株式会社)にて、業務改革、システム改革のプロジェクトに参画。その後、マネックスグループにて、顧客向けWebサービスの企画・開発のプロジェクトマネージャーを担当していた。外資企業から日本企業、大企業からスタートアップ、など幅広い環境で幅広くキャリアを経験している。
サンリオのファンは2種類に分類される
サンリオは主に2つのチャネルでビジネスを展開している。自社で商品開発して販売する「物販ビジネス」と、キャラクターIP(知的財産)の商品化をメーカーに許諾する「ライセンスビジネス」だ。
ライセンスビジネスは主軸ともいえる非常に大きなビジネスで、自社開発の商品よりも許諾を得たメーカーの商品の方が圧倒的に流通量が多い。
田口氏はサンリオファンについて、「コアファン」と「一般ファン」に分かれるのではないかという仮説を持っている。「コアファン」はサンリオショップにわざわざ足を運んでキャラクターグッズを購入し、ピューロランドにも足を運ぶ。いわゆるロイヤルティの高いファンだ。
一方「一般ファン」は身近なショップやコンビニなどの手に取りやすいチャネルでグッズを購入する。ライセンシー商品を買うのはこちらが多いだろう。サンリオの自社開発商品も、サンリオショップではなく卸先の店舗で購入していると推測される。
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一方「一般ファン」は身近なショップやコンビニなどの手に取りやすいチャネルでグッズを購入する。ライセンシー商品を買うのはこちらが多いだろう。サンリオの自社開発商品も、サンリオショップではなく卸先の店舗で購入していると推測される。
サンリオの課題1:一般ファンとの接点が持ちづらい
ここで問題となるのが、サンリオとファンとの接点の偏りだ。
サンリオショップやピューロランドでスタッフが日々接する顧客の多くは、上記でいうコアファンにあたる。ECショップでユーザーアンケートを行うと、インセンティブがないにもかかわらず短時間で多くの回答が集まるというが、これも大多数がコアファンによる回答だろう。
一方、身近な店舗でグッズを購入している一般ファンの動向は、サンリオから非常に見えづらい。直営店舗以外では接点を持てないからだ。
顧客接点がコアファンに偏ってしまうと、データのバイアスが強くなるリスクがある。コアファンはもちろん大切な顧客だが、一般ファンの動向を把握できていないままでは真に顧客を理解しているとはいえない。
これでは事業の正しい意思決定ができない。田口氏はそう危惧していた。
サンリオの課題2:各会員システムに散在する顧客情報
問題は他にもあった。サンリオはサンリオフレンドシップカードやピューロランドファンクラブ、ECショップの会員、メールマガジン「サンリオ通信」購読者など、多くの会員システムを有している。
しかしこれらのシステムは各々独立しており、個別にデータを持っていた。システム同士の連携もされておらず、複数の会員登録をしているファンがいても同一人物だとは分からない。つまり、ある会員が他のチャネルでどのような行動をしているか把握できなかったのだ。
たとえば、リアルショップで最近あまり購入しない会員が、ECショップで大量の購入をしても、そこに関連性を見出すことはできない。データの見かけ上は、購入頻度が下がった会員と上がった会員が別で存在することになる。
第1の課題と同様、これも正しい意思決定に支障をきたす可能性がある。
ポイントサービス「Sanrio+(サンリオプラス)」で顧客情報を1か所に統合
これらの課題を解決するため、サンリオは2020年7⽉に全社共通ポイントサービス「Sanrio+(サンリオプラス)」をローンチした。アプリとブラウザから利用でき、サンリオとさまざまな接点を持つことでポイントが貯まるサービスだ。
分断されていた会員情報を共通IDに統合し、顧客の消費⾏動を「点」ではなく「⾯」で把握できるようになった。購買履歴や行動データはすべてCDPに集約され、必要に応じてツールと連携し可視化・分析やマーケティング施策に活用できる。
昨今ではSNSから顧客の発言を容易に拾うこともできるが、言葉よりも「実際の行動」から顧客理解のきっかけをつかまなければならないと田口氏は考えた。そのために行動を一元的に把握する仕組みとして始めたのが、このサンリオプラスだ。
サンリオプラスは、行動から顧客のエンゲージメントを可視化するための起点として「カスタマー・エンゲージメント・プラットフォーム」と位置づけられている。
サンリオプラスでは、グッズ購入やサンリオショップ/ピューロランドへのチェックインで「スマイル」と呼ばれるポイントが貯まる。会員登録やお気に入りキャラクター登録だけでもポイントが貯まるので、コアファンだけではなく一般ファンもキャッチアップ可能だ。
貯まったポイントはクーポンや景品と交換できる他、「キャラクターへの愛を表現するのに使える機会を増やしていきたい」と田口氏は話す。気持ちを伝える場を作ることで顧客の内面が可視化されると共に、愛を伝える行動によりエンゲージメントも高まるという。
ファンが好きなキャラクターを応援する「サンリオキャラクター大賞」への投票にポイントが使えるのもその一環だ。今後はサイン会などのイベントで使える機会も増やしていく。
顧客のコンテキストに合ったコミュニケーションが可能に
田口氏がサンリオファンにインタビューする中で、サンリオとファンの距離には波があるとわかった。「幼稚園~小学校低学年の頃はサンリオがすごく好きで距離が近く、成長にしたがって離れていき、子供が生まれたらまた近くなる」といった具合だ。
田口氏はこの波を数年、数十年単位の長いスパンで考えていたが、もっと短いスパンでも起こりうる現象だと気付いた。ピューロランドに行った当日はテンションが上がって距離が縮まるが、一晩寝たら気持ちが落ち着くのはよくある話だ。
つまりエンゲージメントには、その時の状況(コンテキスト)によってダイナミックに上下する「コンテキスト型エンゲージメント」と、少しずつ積みあがっていく「信頼貯⾦型エンゲージメント(ロイヤルティ)」があるのではないか、というのが田口氏の仮説だ。
サンリオショップで買い物する時とECショップで買い物する時では、顧客の環境や状態が異なる。さらに同じ日に同じ商品をサンリオショップで購入した顧客でも、日頃からよくショップに来店しているのか、今まではECショップのみで購入していたが初めて来店したのか、久しぶりの来店なのかによってコンテキストは異なるはずだ。
複数のチャネルからのデータを共通IDに統合したことで、1人の顧客が他のチャネルでどのような行動をとっているかを把握できるようになった。田口氏がこだわった「行動からの顧客理解」を深めることにより、顧客の環境や状況、それにより変動するコンテキスト型エンゲージメントをより解像度高く推測できるようになったのだ。
これにより、コンテキストに寄り添ったコミュニケーションが可能になった。たとえば、さまざまなコンテキストに最適化されたコミュニケーションをそれぞれシナリオ化しておき、CDPとMAツールを連携してその顧客に合ったシナリオをサンリオプラスで配信することもできる。
Treasure Data CDPならば事業の拡張にも柔軟に対応できる
さまざまなタッチポイントから日々発生するデータは、量も質も異なる。それを一元的に管理するのは容易ではない。対応できるプラットフォームを検討した結果、CDPにたどり着いた。
サンリオの業態は今後も拡張し、今以上に顧客との接点は広がるだろう。マーケティング基盤の果たす役割はより大きくなる。核となるCDPはそれに耐えうるものでなくてはならない。Treasure Data CDPは拡張性に優れており、一度構築した後も新たなデータの追加や構成変更が柔軟にできる。まさに要件にピッタリ当てはまった。
サンリオの「顧客起点マーケティング・サークル」
株式会社UNCOVER TRUTHの小畑氏が提唱する、顧客と企業のエンゲージメントのフレームワーク「顧客起点マーケティング・サークル」というものがある。
中心に事業のコアとなる「顧客」があり、顧客を取り巻く「顧客体験」がある。その顧客体験の増幅をさせる「マーケティング基盤(ツール)」が用意され、このマーケティング基盤が存在することで「戦略」が成り立っている、という関係だ。
サンリオの顧客起点マーケティングのポイントを、このフレームワークにまとめてみよう。
顧客 | コアファンと一般ファンが存在し、コンテキストによりエンゲージメントの変動がある |
顧客体験 | 顧客の多⾯性に最適化した距離の近いコミュニケーション |
マーケティング基盤 | 「カスタマー・エンゲージメント・プラットフォーム」でファンとの絆(エンゲージメントやコンテキスト)を可視化 |
戦略 | Always Onで関係構築し、コンテキストに合わせたコミュニケーション戦略 |
SNSでキャラクターが毎日つぶやいているのも、つながり作りの一環だ。「⽇常⽣活に寄り添うような⽇々のコミュニケーションが⼤切だ」と田口氏は言う。田口氏の考え方の基本は「Always On」だ。ブランドが常にファンとつながっている状態を作りたいという。ファンがキャラクターのグッズをいつも身に着けるような距離の近さは、サンリオの魅力であり強みでもある。
ファン度もコンテキストもそれぞれ異なる顧客に最適化したコミュニケーションを実現するため、「カスタマー・エンゲージメント・プラットフォーム」であるサンリオプラスが作られた。顧客情報をCDPに統合した利点を生かし、顧客理解と関係構築を進めている。
マーケティング基盤を活用した今後の展開
サンリオプラスにより、これまで接点の持ちづらかった一般ファン層をある程度可視化できた。この層に対してロイヤルティとエンゲージメントを高める施策を行えば、売り上げ増やコアファン化が期待できる。
新たな顧客接点として、キャラクターカフェ事業との連携も考えているという。物販コーナーが併設されていることが多いため、その購買データを元にさらに顧客理解を深められる。CDPの導入により、マーケティング施策を実行するための土台ができた。サンリオの顧客起点マーケティングはこれからさらに広がりを見せるだろう。
▼イベントのアーカイブ動画は、こちらの記事からご視聴いただけます。