製造業の販売力改革!営業・マーケの組織開発とデータ活用の要諦
ハードウェアの性能はグローバル規模で日々進化し、ものづくりだけでの差別化が難しくなるなか、製品そのものだけでなく、付帯するソフトウェアや、サービスなどの顧客体験向上が今後の競争力維持、向上の観点から重要視されています。
製造業においては、製造に関するデータ活用は活発な一方で、販売データや顧客情報など営業・マーケティング関連のデータ活用の状況はこれから、といった状況です。 株式会社リコーの今村綾子氏、日刊工業新聞社の六笠友和氏とともに、製造業の販売力向上に寄与するデータ活用について解きます。
前半は、今村氏の前職でのお取り組みとしてブラザー販売における営業マーケ連携の事例を中心に、KPIや社内での認知向上、合意形成等について。また後半では、リコーでのお取り組みとして、グローバルでのデータ活用や、ビジョンについてお話いただきました。聞き手はトレジャーデータの小林広紀です。
<目次>
製造業にもマーケティングに活用できる膨大なデータが存在する
小林:はじめに、簡単に自己紹介をお願いいたします。
今村:私は印刷機器のソフトウェア開発と、マーケティング推進の業務を担当しています。前職はブラザー販売で、それ以前も製造業で勤務しており、商品企画、新規事業開発、マーケティングなど多岐にわたる業務を行ってきました。 今回は、製造業における一連の業務経験から、ものづくりから販売に至る中でどのように売上に貢献してきたか、お伝えできればと思います。
六笠:私は記者として自動車や機械産業を長く取材してきました。製造業のデータ活用といえば工程での話が主流で、今回のように営業について語られる機会は、多くなかったように思います。
小林:大変貴重なキャリアをお持ちですね。今村さん、製造業のマーケティングでは、どのようなデータを集めるのでしょうか。
今村:王道は、自社で集めたファーストパーティデータと、パートナー企業から得るセカンドパーティデータです。
ファーストパーティデータは、オウンドメディアからホワイトペーパーのダウンロードや、ウェビナーに申し込みされた際に取得する名前、社名、メールアドレスなどがあたります。セカンドパーティデータは、製造業では「製品ナビ」や「イプロス」といったデータベースサイトから、見込み客のデータを得ることができます(こちらは、顧客の許諾を得た上でのデータ収集となります)。
また、営業部門が取得してきてくれるデータも活用します。営業活動の名刺交換だけでなく、展示会でいただく名刺も貴重なファーストパーティデータですね。ただ、名前と社名、連絡先だけ持っていても十分ではありません。商談でわかった購買意欲や興味関心度を精査してから、データベースに登録していくことが、マーケティング上は重要です。 また、インサイドセールスで顧客とコミュニケーションした情報や、前職では貸出機サービス(プリンターなどの購入前に評価用のデモ機を無料で貸し出す)のユーザーから得られるデータを、同様にデータベースの中に入れて活用していました。
小林:製造業の方にCDPのご提案をさせていただくと「統合するほどマーケティングデータの量がない」ということをよく聞きます。実はそんなことはなく、製造業にも多岐に渡って活用できるデータが眠っているということですね。
今村:はい。展示会や日々の営業活動でいただいた名刺が放置されてしまうケースは少なくありません。当社の営業には「その名刺は1万円くらいの価値があるから、引き出しに眠らせず出してください」と働きかけています(笑)。きちんと情報を共有するために、営業とマーケティングでデータをどう活用するべきか、常に部門に閉じずに話し合う場は必要ですね。
六笠:名刺のリストをただの電話帳にせず、それぞれの方の興味の深さを含めて、データベースに登録していくことが大事なのですね。
小林:最終的な目標を、名刺の枚数ではなく、案件創出と売上獲得の数値に設定することがマーケティングではとてつもなく大事です。
展示会にはお金も人的リソースもかかるので、きちんと費用対効果を評価しなければなりません。名刺は集まっても案件にならない展示会は止めて、その分のコストを広告に使うほうがよいかもしれない。このようにデータをそろえて、両者を同じ軸で管理していくことで、はじめて適切な判断ができるということですね。
営業とマーケティング連携のカギは、効果を共有しマインドを変えること
小林:部署をまたいで多様なデータを集めるには、大変なご苦労があったと思います。
今村:「営業の情報をマーケティングで活用させてください」と言っても、はじめは誰も協力してくれません。私は、最初にマーケティング施策による売上アップの数値目標を作りました。組織の壁が高い企業も多いと思いますが、営業とマーケティングが一緒に売上を上げていくんだ、というマインドに変えていくことがまず大事です。
小林:BtoC企業と違って、BtoB企業のマーケティング部門は予算が限られている上、営業が強い文化のなかで、相当なご苦労があったということですね。
今村:まず目標を立て、その次にマーケティング部門がデータを使うことで、具体的にできることを示していきます。何のためにデータを活用するかの背景がわからなければ、営業も協力してくれませんので。
ただ、マーケティング側も、営業がどのような情報を持っているかがわかりません。そこで、既に蓄積されている顧客情報を見せてもらったら、使えないデータが蓄積されている状態になっていることもあります。
例えば、BtoBのマーケティングでは案件管理に法人コードを利用するケースが多くありますが、営業部門にその習慣はありません。少なくとも社名と都道府県、電話番号がないと法人コードは付与できませんが、営業側で登録しているデータは法人名しかないといったことも多いのです。 法人コードがあればマーケティングのデータと連携させて、営業に有益な情報を渡すことができます。オウンドメディアの行動履歴などから、見込み客の興味関心がわかったり、EC販売で相手の購入実績を把握できたりすれば、ずっとスムーズに案件化できるようになるでしょう。「だから、最低限の情報を登録してください」と、最初のうちはそんなアプローチで進めていきました。
小林:当社が提供するTreasure Data CDP for Salesでは、企業のデータと、中期経営計画や決算データ、ライトパーソンなど個人単位のデータを紐付けることが可能です。どの部署の誰が、Webサイトのどんなページを閲覧しているか、どんなメールを開封したか、といったことがわかるわけです。
また、企業も日々コンディションが日々変わるので、ある部署からのアクセスが増えたり、逆に離脱されたり、ということが起こります。私たちはツールで一元管理するソリューションを提供していますが、今村さんは同じことを、ご自身で工夫されながら構築したのですね。
六笠:組織の壁を取り払うのは、なかなかハードなことだと思います。営業とマーケティングが連携することの効果を、ちゃんと共有するというのがひとつのカギですね。
今村:私に営業経験があれば、もう少しスムーズに進んだのかもしれません。インサイドセールスを自分でやってみたり、フィールドセールスに同行したりしましたが、そこまでが限界。それをやったからといって、営業の経験値としては1%未満くらいでしょう。
そのために、マーケティングチームに営業経験があるメンバーを入れて、組織の風通しをよくしました。そのメンバーの意見を聞いて、営業のマインドを理解するように努めています。 あとは、各営業所に出向いて、営業マネージャーにマーケティング活動でできることを説明するなど、泥臭いことをやって、少しずつ壁を低くしていきました。
「会社としてどうありたいか」を前提に、自分たち(マーケティング)の目的だけでなく相手側(営業)の立場にも立つことが大事なポイントだと思います。初めのうちは、営業の方に横文字のマーケティング用語が伝わらず、「ホワイトペーパー」というと「良質の紙ですか?」と返ってきたり(笑)。
小林:プリンターの会社ですからね(笑)。
今村:きちんと分かりやすい言葉で伝えることも大事だとわかりました。 あとは、小さな成功体験を積み重ねてプロジェクトを拡大していくと皆が「腹落ち」してくれます。私としては、「アジャイル的営業開発」だと思っているのですが、成功したら少しずつハードルを上げていくのが、時間はかかっても協力してもらえるよいやり方だと思っています。
小林:営業とマーケティングの間に入るインサイドセールスをどうしていくか、という議論はあったのですか?
今村:インサイドセールスから創出された案件を営業に渡すところで、スムーズにいかない時期がありました。インサイドセールス部門がマーケティング部門がツールに登録した情報を、営業がどのように見て、判断すればよいかわからなかったのが原因でした。
ツールの使い方を学ぶハードルも高いので、マーケティングサイドでインサイドセールスを育成し、そのメンバーを他の拠点や部署へ配置しました。使い方を習熟している人が直接営業に丁寧に説明していくことで理解を広げてもらう、という考え方です。
製造業のコンテンツマーケティングに求められる役割とは?
小林:製造業では代理店販売が主流だと思いますが、メーカーは代理店の向こうにいるエンドユーザーとも連携しなければなりません。デジタルによってその接点は作りやすくなりますが、今村さんが工夫された点を教えてください。
今村:私が経験した会社も、すべて代理店販売を行っていました。 従来は代理店にいかに商品を売ってもらうかという営業でしたが、昨今ではオウンドメディアなどを介して、エンドユーザーとのコミュニケーションが増えています。お客様の課題を、メーカー側も直接的に理解できるようになっています。
いっぽう、製品の機能をアピールするだけでは、オウンドメディアに立ち寄ってもらえません。お客様が何に困っていて、メーカーがどのように解決できるのかを、コンテンツで示すことが必要です。お客様の業界によって課題も違うし、解決策も違いますから、きめ細かな情報を発信することが大事だと思っています。
ただ、課題を理解するのは簡単なことではありません。やはり、リアルでお客様とコミュニケーションをとって、どんなことに困っているのかを聞くのが一番よいのです。 その点、貸出機のサービスはよい機会で、ヒアリングから意外なお困りごとを知ることも少なくありませんでした。それを、コンテンツマーケティングで展開していったのです。 最初は予算がとれないので、コンテンツを自分で作っていました。小さな成功を重ねて、予算を積み上げてもらう、という本当に地道な活動でした。
小林:メーカーを主語として伝えたいことを記事として書くのはまだできるかもしれませんが、お客様が求めている内容を理解して書く難しさがありますよね。それでいて、コンテンツの数も担保していかなくてはなりません。 六笠さん、お客様と直接つながるコンテンツマーケティングは、製造業全般で進んでいるのですか?
六笠:すごく進んでいると思います。お客様の声を聞くひとつの手法として、オウンドメディアが広く活用されています。メーカーは、お客様の声を自分たちの製品に反映させることに、大きな課題感を持っています。
小林:メーカーが、エンドユーザーとのタッチポイントを作って、その声をファーストパーティデータとして溜めて、マーケティングと営業の両方に活用していこうという動きですね。 そのなかで、CDPのようなデータベースやプラットフォームのサービスが非常に重要になってくると私たちは考えており、製造業の企業にご提案を進めています。
KPI設定する際の留意点と部門間連携の指針
六笠:組織を横断してデータ活用するためには、マーケティングに対する上層部のコミットが必要になってくると思います。理解を得るために行ったことはありますか?
今村:経営層の理解度は高かったので、そこはあまり苦労しませんでした。ただ、費用対効果は求められるので、「必ず数字でKPIを示して必ず達成する」という積み重ねでした。
KPIを設定する際には、各部門で方向性がバラバラにならないよう、注意する必要があります。マーケティングは予算をかけて新規の問い合わせをどんどん集めたいけれど、カスタマーセンターはコール数を減らして業務を効率化することが求められる、といったケースが考えられます。 ゴールは売上なのですが、そこへ向かうために違う方向性が違うとなると、何のためのデータ連携なのか、わからなくなってしまいます。全社的なレベニュー戦略として、どこに費用をかけてリソース配分するのかまで考えて、部門間の横の連携を提案する必要があると思います。
部門間で分断したデータのサイロ化を解消するCDP
小林:組織の連携が取れると、次に問題となるのはデータの分断です。部門ごとに使っているツールが違って、それぞれ個別にデータが溜まっている、というのはよくあることです。私たちは「データのサイロ化」と呼んでいます。
オウンドメディアやEコマース、インサイドセールス、製造業ではIoTのデータなどもあるでしょう。多岐にわたるデータを統合するための基盤の導入が必須です。マーケティング部門は、どのように導入を進めればよいでしょうか?
今村:データ基盤はホワイトボードのようなもので、会社によって活用法は大きく異なります。導入を進めたくても、「データ連携しやすくなる」という理由だけでは経営者は投資してくれません。
やはり経営者にとって一番分かりやすいのがROIです。ROIを改善するためには売上を上げるか、どこかを効率化するしかありません。
売上を上げるためには、新規の顧客を開拓する、顧客のLTV(ライフタイムバリュー)を上げる、アップセルやクロスセルを行う、といった手段があります。いずれもデータを連携しなければ難しく、そのことを経営者に理解してもらう必要があります。 効率化の観点では、広告運用の改善や、施策によってお客様の離脱率を下げる、という方法があります。いずれにしても、データ活用のROIを最初に示せれば、スムーズに導入できると思います。
小林:その点でTreasure Data CDPは、さまざまなツールとの連携のよさがポイントだと考えています。大量に眠っている過去のデータを掘りおこしたり、将来的にデータの種類が増えたときに対応する意味でも対応できる柔軟性を備えています。
今村:そうですね。どの会社でも同じだと思いますが、ツールを導入するタイミングは部門によってバラバラです。一気にドンと統一するのが理想的ではありますが、現実はそううまくは行きません。多様なデータを連携できることは、CDPの強みになるのでしょう。
小林:Treasure Data CDPは、現状使っているツールは継続しつつ、必要なデータをそれぞれの部署から集めていくことができます。各ツールに散らばったお客様を、共通IDで名寄せしてつなげられる機能は、ユーザー企業様からも求められているところだと思います。
六笠:メーカーの場合は、社内に加えて、販売代理店のツールとの連携も課題になりますから、重要なポイントですね。
グローバルへのアプローチと、製造業の「SaaS的思考」で新たなステップを
小林:最後に今村さんが現在どういったチャレンジをされているのか、どんなビジョンを描いているか、教えてください。
今村:これまで国内のマーケティングをやってきまして、グローバルでの活動に興味もあって現職を選びました。現段階では、国や地域をまたいだデータの活用に取り組んでいます。
グローバルでデータベースを統一したところで、法規制などの影響でデータ自体をやりとりできないこともあります。そんななか、マーケティング視点ではどのようなデータ活用ができるのかと考えているところです。
同じプロダクトでも、どんなキャンペーンが効率的だったのか。マーケティング施策を評価して効果の高かった施策を別の国に応用したり、欧米の先進的なマーケティングをアジアに展開していくような取り組みを進めています。
小林:ここは大変なところで、サポートが国によって異なる場合があります。トレジャーデータも、今までは米国、日本、ヨーロッパでそれぞれリージョンがあり、サポートも別々でしたが、最近グローバルで統一しました。
これで、例えば米国で成功しているサポートを、そのまま日本でも成功事例として提供できます。世界共通で、同じレベルのサポート体制を築くことが、ソリューションをご活用いただくには、すごく重要なポイントだと私たちは考えています。
六笠:一方、それぞれの国でビジネス環境は違うので、米国の成功事例が日本でそのまま適用できない、ということも多々ありますよね。それは、どのように調整していくのでしょうか?
今村:新商品の場合、どんなアプローチが響くかは分からない状態から始まります。各国でイチから取り組むというより、まずは他国で成功したコンテンツマーケティングを走らせてみます。いくつかパターンを試していくなかで、その国で関心度が高いコンテンツが、閲覧履歴からわかってきます。
比較的早い段階で簡単に顧客のニーズをみられるのは、コンテンツマーケティングのよいところですね。
小林:フットワークの良さという点では、今村さんは製造業の「SaaS的思考」が必要だ、というお話もされています。詳しく教えてください。
今村:日本の製造業では、ハードウェアの重要度が高く、ソフトウェアはオプション的な立ち位置になっていることが多いと感じています。開発手法も、要件定義から設計、先行投資で金型を作るといったウォーターフォール型のプロセスで、途中で修正はできません。ハードウェアは一度作ったら後戻りはできませんから、そのあとにソフトウェアが作られます。
しかし昨今では、ハードウェアで製品を差別化することが難しくなっています。ハードウェアを作りながら、いかにソフトウェアで差別化するか。最近では、サブスクリプションモデルのSaaSで提供し、ビジネスモデルを変革する企業も増えています。
私がソフトウェア事業部の人間だということもありますが、ソフトウェアの立ち位置をもう少し高めて、ソフトウェアからお客様に価値提供するモデルに変えていければと考えています。 ソフトウェアはお客様と1対1でつながれるチャンスです。お客様の要望を汲み取り、ユーザーエクスペリエンスを考えて、次にどのような製品を届けるか。貴重なファーストパーティデータを蓄積していくことを意識して、今は取り組んでいますね。
(本稿は、2023年3月23日に開催された「日刊工業新聞・トレジャーデータ共催 製造業の営業・マーケティング改革 製造業の営業スタイルを抜本的に変えるためのオンラインセミナー」収録セッションから内容を編集して掲載しています)
<スピーカー>
今村 綾子 氏
株式会社リコー
グローバルマーケティング本部 デジタルサービス事業センター グループリーダー
六笠 友和 氏
日刊工業新聞社
編集委員/南東京支局長