1922年(大正11年)に創業し、長らく出版業界をリードしている小学館が、データを活用したデジタル変革に取り組んでいる。同社は雑誌ブランドのデジタルメディアを中心に専門性の高いバーティカルメディアを30媒体以上展開。2017年にはデジタルメディアの広告を専門に営業する「デジタルメディア営業センター」を発足し、メディアの収益化に注力している。また、Treasure Data CDPをベースに開発した独自のデータ基盤「コトバDMP」を活用し、さらなる飛躍を遂げようとしているという。
出版事業を展開するパブリッシャーにとって、平成の時代は大きな転換期となったのは言うまでもない。デジタルメディアの急速な成長と消費者のライフタイムシェアの多様化に伴い、書籍や雑誌の出版部数は業界全体で減少。デジタルメディアのビジネスを成長させることは、大きなテーマとなっている。小学館でも、広告ビジネス全体に占めるデジタル広告の比率は2018年で27%と2014年と比較して4倍に増加し、売上では2018年に前年比140%超の急成長を遂げているという。
では同社は、データを活用してどのような広告価値を生み出し、またデジタルメディアのビジネスを成長させようとしているのだろうか。株式会社小学館 広告局デジタルメディア営業センターの河村英紀氏と、「コトバDMP」の開発・運用を支援している株式会社サイバー・コミュニケーションズ データ・ソリューション・ディビジョン データストラテジストの丸田健介氏が、「パブリッシャーのデータ活用のあり方 コンテンツの価値を可視化する“コトバDMP”」と題した講演で紹介した。
コンテンツデータやオーディエンスデータを統合してデータ基盤を構築
「トラディショナルな出版社でも、デジタルビジネスを無視できなくなってきている。DMPを導入してデータドリブンなメディア運営をすることで、サイトの成長とマネタイズを実現する。このふたつは表裏一体の関係で、サイトの成長なくして収益の増加はありえない。その原動力となるのが『コトバDMP』だ」。小学館の河村氏はこのように、デジタルメディアのビジネスを成長させることに対する意気込みを語る。では、この「コトバDMP」とはどのような仕組みなのだろうか。丸田氏が紹介した。
コトバDMPとは、小学館のコンテンツ資産をマーケティングに活用することができるデータ基盤で、データプラットフォームにはTreasure Data CDPが採用されている。そこに集められるデータは、まず小学館のデジタルメディアのデータとそこにアクセスしたオーディエンスのデータだ。
記事ページなどのコンテンツには、タイトル、本文、サマリー、タグなどに豊富なキーワードが埋まっている。そうしたキーワードをコンテンツから抽出してデータ化している。これに広告主の広告接触ログ、サイトアクセスログなどを統合。解析したデータを広告プランニング、広告配信、効果検証やインサイト分析などに活用するだけでなく、小学館の社内でもサイトグロース施策のために活用されているという。
「コンテンツデータの取得はできるだけ細かく体系化し、広告主の細かいニーズを考慮したセグメンテーションを構築した。また広告商材に合わせてセグメントをカスタマイズしてプランニング、広告配信、レポートに活かせるようにしている。3rd Party Dataでデータを補強することも可能だが、まずは1st Party Dataのみで構築し、小学館の独自性を引き出していくことが重要だと考えている。このコトバDMPの根幹にあるのは、小学館のコンテンツが持つ価値。それを可視化するためのプラットフォームだ」(丸田氏)。
このコトバDMPの活用について、河村氏はまず、サイトグロースにおける意義を説明した。
同社のデジタルメディアのアクセス解析はGoogle Analytics 360を用いて行っているが、Google Analyticsでは取得できない詳細なユーザーインサイトをコトバDMPで分析して、高速でPDCAを回しているという。「バーティカルなメディアの特性上、規模感だけを追い求めるのではなく、ターゲットとしている読者に確実にコンテンツを届けることが重要になる。規模感だけではなく読者の質も重視している」と、河村氏は詳細なオーディエンス分析を行う意義を語る。
こうした姿勢はメディア運営のKPIにも表れており、同社ではサイトPV数ではなく「自サイトDAU(Daily Active User)」という指標を重視しているという。これはバーティカルメディアひとつひとつの日次のユニークユーザー数で、ターゲットとなる読者を日々確実に増やすことを重視しているのだ。「PVは厳密な意味でサイトの本質的な規模感を表していない。広告ビジネスでは実際のところPV競争しているのが現状だが、過度なPVの追求はユーザー体験としても良くない。PVではなく人を見ることが重要だ」(河村氏)。
コトバDMPを活用し、タイアップ広告の効果を最大化
一方、コトバDMPの広告ビジネスにおける活用に関しては、丸田氏があるタイアップ広告の事例を挙げて紹介した。
一般的なタイアップ広告では、デジタルメディアのサイト内にコンテンツを掲載し、広告枠やメールマガジンなどを通じて告知を掲載してコンテンツに集客するという方法が取られるが、コトバDMPを活用した取り組みでは、この集客の部分でデータを活用したターゲティングが行われた。
具体的には、コトバDMPに蓄積されている小学館のコンテンツデータから抽出したキーワードの中から、広告商材と関連性の高いものを組み合わせてターゲットオーディエンスを発見する。こうしたターゲットオーディエンスに対して的確にタイアップコンテンツの告知を展開していくという方法だ。
ターゲティングをせずに告知を行った場合と比較した結果、ターゲティング告知をしたオーディエンスの読了率は56.8%と半数を超え、ターゲティングせずに告知した場合よりも19.9%高いという結果に。また広告主サイトへの送客率や1回の訪問あたりのPV数も、ターゲティング告知をした場合のほうがターゲティングしなかった場合よりも高いという結果になったという。
「タイアップページで来訪者にアンケートを実施したところ、商品の魅力度はターゲティングありの場合がなしの場合に対して16ポイント高く、商品の利用意向は22ポイント高いという結果になった。商材に対する関与度の高いオーディエンスにターゲティングすることで、タイアップ広告による態度変容や能動的なアクションを効果的に生み出すことができた」(丸田氏)。
また丸田氏によると、コトバDMPはレポーティングにも特長があり、接触したオーディエンスにとって関心が高いキーワードを可視化したり、タイアップ広告との親和性の高いキーワードをスコアリングするなど、キーワードを軸にして様々な切り口で分析できるという。「一般的なDMPの分析レポートはユーザーの属性や興味関心にとどまるが、小学館は豊富なバーティカルコンテンツから抽出したキーワードデータがあるので、コトバ単位で分析ができる仕組みを開発した」(丸田氏)。
データと既存資産を融合し、パブリッシャーが“一気通貫”で提供する広告ビジネスへ
河村氏は、パブリッシャーがデータを活用する価値について「データを使って編集記事を分析すると様々な気付きが得られる」とした上で、「出版社の資産にはコンテンツ制作力だけでなく、メディアブランド、編集長や編集者、読者コミュニティなど様々な資産がある。出版社が持つこうした資産を体系化し、広告主のマーケティング課題の解決に活かしていく」と語る。データだけではない小学館のもつ様々な価値を広告ビジネスに活かしていきたいという考えだ。
そのひとつの形として、河村氏は2018年11月に開始した「小学館 ライフスタイル ブランドスタジオ」を紹介した。これは、出版社が持つ様々な資産を組み合わせて活用する広告主向けの新たなソリューションだ。
これまでの広告ビジネスでは、パブリッシャーが起点となりあらかじめ体系化された広告枠を中心とした広告プランニングを提案してきた。しかし、この「小学館 ライフスタイル ブランドスタジオ」では広告主が起点となり、広告主の具体的な課題に対して出版社の様々な資産を組み合わせてソリューションを個別に提案していくという。具体的には、課題のヒアリングと戦略立案、最適な企画のプランニング、施策の実施と効果検証をすべて一気通貫でパブリッシャーが行うのだ。
「企画する施策は媒体露出に限らない。商品開発やイベントの実施など幅広くマーケティング施策が展開できる仕組みだ」と河村氏は語る。コトバDMPに蓄積されたデータと、小学館のコンテンツ制作力やメディアブランド力など豊富な資産をフル活用して、広告主の課題解決に取り組んでいくのだ。「広告主はメディアの露出だけではマーケティング課題を解決できないことが多い。こうしたソリューションは時代に求められているのではないか」(河村氏)。
最後に河村氏は、パブリッシャーにとっての「データドリブン」について語った。データの可視化が容易になったことで、様々な意思決定をデータに委ねることが可能になったが、これまで長きに渡り出版事業というクリエイティブなビジネスを展開してきた小学館は、データでは測れない価値にも大きな可能性を感じている。河村氏はこのように講演を締めくくった。
「データドリブンであることは時代の要請であり、パブリッシャーも本気で取り組まなければならない。同時に、コンテンツ制作力、編集者の企画力、アイデアのインスピレーションも、パブリッシャーにとっては重要な資産だ。単純にデータを追求するのではない。編集者のひらめきが、データに勝るビッグアイデアになる可能性もある。データドリブンとコンテンツ制作力を掛け合わせることで、小学館の独自性を追求していきたい」(河村氏)。