自動化や電動化など、大きな変革期に直面している自動車業界。デジタル化による顧客の購買行動の変化や、海外企業の参入など、競争も激化している。こうした中、社内の各部署やディーラーに散在するさまざまなデータを統合し、マーケティングや宣伝に活用することで販売台数を伸ばしているのがSUBARU(スバル)だ。CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)を導入し、全社横断のデータ駆動型マーケティング戦略を実現している。その取り組みについて、SUBARU国内営業本部マーケティング推進部宣伝課課長の安室敦史氏に伺った。
【この事例のポイント】
・Treasure Data CDP を活用した全社的なデータ統合により顧客の購買行動を分析し、販売拡大を実現
・CDPを活用し仮説と検証を繰り返すことで、14.5倍の広告効果を実現
・シナリオ機能を活用したOne to Oneマーケティングで、ROIを改善
<目次>
- 「お店に来るまでにほぼ勝負はついている」買いたいと思ってもらうには?
- 全社的なデータ統合のために Treasure Data CDP を活用
- 顧客の購買行動を分析し、14.5倍の広告効果を実現
- 重要なのは仮説と検証を繰り返すこと
- シナリオ機能を活用し、One to Oneマーケティングを実現
「お店に来るまでにほぼ勝負はついている」
買いたいと思ってもらうには?
SUBARUは、創業当初から安全性を最優先に考えてきた。その理念は現在のクルマ作りにも引き継がれており、ステレオカメラを使った世界初の運転支援システム「アイサイト」をはじめ、安心と安全を追求した技術は世界中で高く評価されている。
一方で「昨今の自動車業界のマーケティングはかなり難しくなっており、顧客理解なしにマーケティング戦略は実現できません」と安室敦史氏は話す。
「そもそも最近の車は壊れづらいこともあり、買い替え頻度が約10年に1度程度と非常に長くなっています。さらに人口が減少している成熟した市場、かつ車両価格が高額化する中で、国内だけでなく海外企業も含めた複数の自動車メーカーがしのぎを削っています」。
インターネットの普及やデジタル化の進展に伴い顧客とのタッチポイント(接点)も大きく変化している。
「あらかじめWebで下調べをしないで購入を検討するお客様はまずいません。ディーラーへの来場回数も2回以下まで激減しています。私は『見えないトーナメント戦』と呼んでいるのですが、お客様がお店にいらっしゃるまでに、ほぼ勝敗が決しているのです。買いたいと思われる想起集合のブランドの中にSUBARUが含まれており、さらにその中で勝ち残らなければなりません。そのためにもお客様を理解することが非常に重要になっており、それに対応できるデータ基盤を作ろうと考えたのです」
実際にどのようなデータソースを統合したのだろうか。
「データソースはオンライン、オフライン、多岐にわたります。社内の複数の部門だけでなく、社外のディーラーなどが保有しているデータも統合しました」
具体的には各種WEBサイトの行動ログ、オンラインショップ、サブスク、オンライン商談などのデータ、ディーラーが入力する顧客情報などの基幹システムの情報に加えて、店頭でのWi-Fiログ、試乗イベントログ、キャンペーン施策ログなども取得可能だ。その他にも、カタログ請求、アンケート回答者などのデータ、オーナー向けのスマートフォンアプリ「マイスバル」、ドライブアプリ「SUBAROAD(スバロード)」での行動ログなど、多数のデータを取得している。
「これらのさまざまなデータを『SUBARU ID』と名付けた1つのIDに紐づけることで、お客様との接点を持ち続けています」と安室氏は話す。クルマの買い替えサイクルは10年に1度であっても、その間の接点を保ち続けることでカスタマージャーニーを把握し、LTV(顧客生涯価値)を高めることを目指しているのだ。
全社的なデータ統合のために Treasure Data CDP を活用
グループ横断のデータ統合を実現するために、SUBARUが選んだのがトレジャーデータの Treasure Data CDP である。安室氏は次のように振り返る。
「Treasure Data CDP を選んだ最大の理由はデータ連携のしやすさです。一口でデータ統合といっても、社外のディーラーや広告代理店も含め、さまざまなところに多種多様なデータが存在しています。当時はそれぞれが個々に保存されており、『SUBARU ID』に統合するだけでも大変でした。しかし、Treasure Data CDP であれば、ディーラーの基幹システムなどに影響を与えることなく、他のツールともシームレスに連携したデータの収集・連携が可能です。」
トレジャーデータのサポート体制についても安室氏は評価する。「当時のトレジャーデータは日本人3人によってシリコンバレーで創設されてまだ数年という若いベンチャー企業でした。本社は米国ですが、日本法人のサポートは手厚く、一丸となって支援していただきました。当社がやりたいことを理解し、迅速に対応してくれる熱量はとても心強かった。」
顧客の購買行動を分析し、14.5倍の広告効果を実現
Treasure Data CDP を活用した全社的なデータ統合により、どのような成果が得られたのだろうか。
「すでに導入から10年弱が経過しており、多くの部門で成果が出ています。なかでも最も定量的に効果が分かりやすいのがテレビCMです。一般的に視聴率などに応じてCM枠の単価が決められていますが、どのような枠でどのようなクリエイティブを展開すると、どのような反応があるかが、Treasure Data CDPを活用することによって明らかになってきました。言い換えれば、視聴率が低くても反応がいい枠やクリエイティブがあり、逆に視聴率が高くても反応がよくない枠やクリエイティブがあることが分かってきたのです。これによりどの枠にどのようなクリエイティブを展開すればROI(費用対効果)が高いのかが判断できるようになりました。結果として、これまでと比較して同じ金額で14.5倍の効果が出るようになりました」と安室氏は紹介する。
新たな取り組みも始まっている。AI(人工知能)とリード情報を活用した成約確率の算出である。
「多くの見込み顧客の中から、どのお客様が買っていただく確率が高いかをAIで判断する、いわゆるホット度合い(案件の見込みや確度)を探る仕組みです。カタログのダウンロードやイベントに参加されたお客様に会員登録していただきSUBARU IDを付与します。これまで蓄積したデータと比較し、購入されたお客様に最も近しい行動をなさっている会員をA、二番目に近しい行動をしている会員をB、三番目をCといったように分類し、ディーラーに送客します。お客様の興味関心やご不安に寄り添い、事前に先回りしたプロアクティブな対応も可能になります。
実際に成果も出ているという。「データが蓄積されるにつれ、判定の精度も高まっています。見込み度合いがAのお客様は5割程度の確率で実際に注文をいただいています。ディーラーからも商談がスムーズに進むという声が集まっています」という。商談の効率を高めるだけでなく、顧客満足度の向上にもつながっている。
重要なのは仮説と検証を繰り返すこと
Treasure Data CDP を活用することにより、CMやイベントなどがその後の顧客の行動にどのような影響をなぜ与えたのかというインサイトも明らかになる。例えば、テレビCMの効果が定量的に計測されることで、従来のクリエイティブが否定されてしまうこともあるだろう。
「それでもいいのです。全員がベクトルをお客様に向け、データをもとに共通言語で対話をすることで改善策も生まれます。仮説を立て、PDCAを回すことが大切なのです」と安室氏は話す。同社は最近、女性をターゲットに安全を訴求するテレビCMを数多く制作し成果を上げているが、それも仮説と検証を繰り返した結果から導き出されたものだ。
顧客志向のデータ駆動型マーケティングの先進性で注目されるSUBARUだが、安室氏は「どの企業でも取り組みは可能です。大がかりなものでなくても、小さく始めてPDCAを回してみることが大切です。まずは最初の一歩を踏み出してみては」とアドバイスする。
シナリオ機能を活用し、One to Oneマーケティングを実現
Treasure Data CDPの機能であるJourney Orchestrationは、マーケティング活動を顧客視点で統合し、複数のチャネルを通じて一貫した顧客体験を提供するための強力なシナリオ機能である。マーケターは、これを活用して各タッチポイントをつなぎ、顧客の行動やニーズに基づいてカスタマージャーニーを設計・管理できる。例えば、メール、SNS、ウェブサイトなど複数のチャネルにおける顧客とのやり取りを総合的に分析し、最適なタイミングで最適なメッセージを届けることが可能である。これにより、単なるキャンペーン施策ではなく、顧客の購買行動や関心に応じた個別のパーソナライズ体験が実現する。
SUBARUは以前、別のMAツールのシナリオ機能を導入したものの、運用に高度な専門知識を要するため内部での運用が困難となり、当初期待していた成果を得ることができなかった。結果として、そのツールでは施策本数の拡大を図るには至らなかった。その後、Journey Orchestrationを導入。これにより、現在は自社でシナリオを構築し運用できる体制が整いつつあり、今までは未着手だったシナリオを活用した新規施策実行が可能となっている。
具体的な施策としては、SUBARU車オーナー(自社ユーザー)と他社オーナー(他社ユーザー)向けに、それぞれ個別に最適化されたコンテンツを展開するシナリオを実装した。この取り組みにより、キャンペーン応募率の向上が確認された。さらに、顧客の状況に応じて、来店予約や店頭での見積もりを促すコンテンツも提供し、アクションに誘導した。また、まだ受注が確定していない商談者にもターゲットを絞ったコンテンツを配信し、受注の後押しを行った。これにより、ROIも大幅に改善された。
このように従来は複雑な顧客データの統合や分析が必要であったが、Journey Orchestratioの活用により、顧客行動に基づいたパーソナライズドなシナリオを迅速に構築できるようになった。今後はクロスチャネルを活用したさらなる取り組みを加速させ、顧客とのコミュニケーションを強化していく予定である。
今後も進化を続けるSUBARUのマーケティングから目が離せない。