ミスミ meviy の成長を支えた営業・マーケティング改革
ミスミグループが製造業の課題解決に提供するデジタル機械部品調達サービス「meviy(メビー)」は、ユーザー数10万人以上に利用され、第9回ものづくり日本大賞の内閣総理大臣賞の受賞をはじめとする高い評価を受けています。製造業の調達部門におけるデジタルトランスフォーメーションはいかにして生まれ、そして多くのユーザーに活用されるに至ったのでしょうか。
PLAZMAでは、その立ち上げから牽引してきた株式会社ミスミグループ本社 常務執行役員 ID企業体社長 吉田光伸氏をお招きし、meviyの本質と、その成長を支えた営業およびマーケティング改革について、お話をお伺いしました。聞き手はトレジャーデータ株式会社 副社長 執行役員の田井義輝が務めます。
<目次>
製造業の価値を高める鍵は「調達のプロセス」にあり
ミスミグループの創業は1963年。FA(ファクトリーオートメーション)の現場で必要とされる機械部品や、工具・消耗品の製造および販売を事業の中核とし、社員数は1万2,000名、売上高は約3,700億円のグローバル企業です。3,000万点以上の商品を取り扱う品揃えは世界最大級で、さながら「製造業のAmazon」とも例えられます。多種多様な材質や寸法のバリエーションは、800垓(1兆の800億倍)に上ります。
売上の大部分は受注生産で、標準的な納期は2日。高度な生産システムとグローバルなサプライチェーンが、グローバルでの納期遵守を可能にしています。現在の利用者数は33万社、製造業においては、電気、ガス、水道と並んでミスミと言われるほど、まさにインフラとしての役割を担っています。
元来ミスミグループはカタログ販売に強い会社ですが、近年meviyというデジタル機械部品調達サービスを通して、製造業にデジタルトランスフォーメーションをもたらし、課題解決を目指しています。吉田氏は、製造業のバリューチェーンにおいて、設計や製造、販売のデジタル化が進んでいるなか、大きく遅れをとっているのが調達部門であると指摘します。製造業におけるFAXの利用率は98%と非常に高く、アナログなままのプロセスが多くの時間を浪費しています。調達の領域が、製造業全体の生産性を低下させるボトルネックになっているのが実情です。
吉田氏:現場では、調達に関わる「時間の3重苦」が存在します。例えば、1,500点の部品で構成される装置の部品を手配する際、部品1点1点につき、まずは3D CADで設計し、それを紙の図面に起こす作業に30分から1時間かかります。次に、見積もりをFAXで複数社に依頼し、約1週間後に見積もりが返ってきます。最後に、業者を決めてから納期まで2週間から1か月がかかります。 このように、1,500点の部品を調達するだけで、1,000時間以上もの時間がかかり、リードタイムが3~4か月にも及ぶことがあるのです。
製造業の戦い方は転換期にあります。Japan as No.1と呼ばれていた1980年代、日本では豊富な労働力が長時間働き、成果を上げてきました。しかし、2020年代以降労働人口は減少し、働き方改革により一人あたりの就業時間も最適化されます。求められているのは労働生産性の劇的な向上であり、そのカギが「調達のプロセス」であると吉田氏は説明します。
吉田氏:日本の製造業には38万社があり、1社1台の設備を調達すると、年間3.8億時間が浪費され、これは年間2兆円のコストに相当します。こうした背景を考慮すると、ものづくり産業で最大の価値は、時間の創出であると言うことができます。効率化によっていかに時間を生み出すかが、最大の価値創造につながるという考え方が重要なのです。
meviyが実現する2つのイノベーション
では、デジタル部品調達サービス「meviy」は、FAX中心のアナログな調達のプロセスに、どのようにデジタルトランスフォーメーションをもたらそうとするのでしょうか。meviyが実現するのは、製造業における顧客側と生産側という2つのイノベーションです。
吉田氏:顧客側におけるイノベーションは、AIを利用した自動見積もりです。設計のデジタルデータがクラウドにアップロードされると、AIが形状を自動で認識し、価格と納期を即座に提示します。人の手を経由する必要がありません。生産側であるミスミにおけるイノベーションは、アップロードされた設計データから工作機械のプログラムを自動生成します。受注と同時に、加工が始まるという仕組みです。この2つのイノベーションにより、従来のリードタイムが大幅に短縮され、最短1日で出荷が可能になります。
meviyは、手間と時間がかかっていた従来の機械部品調達の工程を、あたかもネットショッピングで物を買うように簡単にします。「価値は時間の削減ではなく、時間の創出です。図面の作成やFAXの送信ではなく、人間にしかできない付加価値の高い仕事に時間を充てることが可能になるのです」(吉田氏)。
2023年2月時点で、meviyには10万人以上のユーザーが登録し、1,100万件以上の設計データがアップロードされています。活用されている業界は、自動車、機械、電子、電気、教育、化学、医療など広範です。直近では「ものづくり日本大賞 内閣総理大臣賞」のほか、meviyは様々な賞を受賞しました。meviyが、人手不足に悩む日本の製造業の課題解決に大きく貢献するソリューションと評価されている証左と言えるでしょう。
顧客数前年比3倍をもたらした、meviyの生産性を飛躍的に高める「3本の矢」
ミスミはどのようにしてmeviyを10万人以上のユーザーが利用するサービスに育てたのでしょうか。従来の事業では既存のカタログ販売が圧倒的に強く、meviyがサービスを開始した2019年当初、新規事業であるmeviyの認知度は当然ゼロ。吉田氏はその営業とマーケティングの組織もゼロから作っていったと説明します。
田井:meviyの営業、マーケティングはどのように展開していったのでしょうか? 既存の営業網を生かして、はじめから順調に進めることができましたか?
吉田氏:はじめは、大手、中堅、中小企業と、お客様を分けて営業をスタートしていきました。認知を拡大して購買してもらいロイヤル顧客になっていただくという、説明から購入、定着の仕掛けがありませんでした。
インサイドセールスチームでも「とにかく試してください」というお試し利用の促進にとどまり、次のプロセスへの仕掛けはありません。マーケティングは認知活動に終始し、すべてのお客様に一律一斉のプロモーションを行っていました。製造業で言う「ムリ、ムラ、ムダ」が非常に多く、生産性は低い。中途半端なセールス、マーケティングのプロセスになっていたと考えています。成果が上がらず悩んでいたところ、「The Model」のフレームワークに出会いました。未認知からロイヤル顧客化までのプロセスを分業化し、各ステージでKPI管理を行い、お客様のステージ移行を加速するという、製造業の工程に似た仕組みです。
役割分担として、未認知のお客様にはマーケティング、コンタクトを持ったお客様には営業、ロイヤル顧客にはカスタマーサクセス部隊が責任を持ちます。工程別に役割を明確化して、いかにロイヤル顧客化までのプロセスを短縮できるか、という挑戦を行っていきました。
続いて体制の構築です。私たちは、お客様に労働生産性の改革を謳っているわけですから、自分たちの営業およびマーケティングプロセスの生産性も改革していこうと考え、「三本の矢」を定めます。セールスプロセスを工程ごとに明確に定義する「標準化」、さまざまな部署間のお客様情報を1つのソースに集約し、全体でフル活用する「一元化」、そして「自動化」です。ミスミの顧客基盤は33万社という膨大なものであるため、1対1で営業マンが対応するのは難しいと判断し、オートメーション化を進めることにしました。営業・セールスでは情報の効率的伝達が重要であり、高品質な情報を多くのお客様に提供できる生産性の高いプロセスを目指したチャレンジです。
まず、プロセスの「標準化」に関して。営業担当者がお客様対応からセミナー案内や利用サポートまで幅広く行っている、効率の悪いプロセスを変更しました。お客様のプロセスごとにアクションを定義し、標準化することで、専門の部署がシングルミッション化して対応できる体制を整えました。「一元化」については、部門を横断して、情報を一括管理できるシステムを導入しました。お客様のステージや規模ごとに組織される、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスといった部署が、集約した1つのソースのお客様情報を参照、活用できるようにしました。
半年間という短期間で情報基盤構築とプロセス、組織再編を実行できたことが、のちの営業、マーケティング活動にもたらした影響は大きかったと考えています。以前は、営業担当者が様々な情報源からお客様情報を集め、エクセルや基幹システム、過去の購買状況など、複数のシステムにログインして確認し、お客様に連絡を入れるなど、手間がかかるプロセスでした。しかし、セールス基盤の統合後は一元化された情報をすぐに確認でき、接触前の確認工数が大幅に削減されました。結果として、営業の生産性が3倍に向上し、お客様との実質的な接触時間も倍増しました。
第3の矢である「自動化」は、マーケティングオートメーションです。それまでのメールマーケティングでは、お客様の興味やロイヤリティに関わらず、同じ内容のメールを一斉送信していました。しかし、今ではお客様のステータスに応じてコンテンツを変更し、最適な情報を最適なタイミングで提供することにこだわって、自動化を進めています。こうして構築された仕組みは、デジタルの営業マンのようなもので、見込み顧客の育成や初回利用のフォロー、リピートの促進、クロスセルなど様々な場面で活躍しています。30以上のシナリオと200以上のコンテンツを用意し、マーケティングオートメーションをフル活用することで、お客様の数を急増させることができました。
「標準化」「一元化」「自動化」の3本の矢を用いて労働生産性の改革に取り組んだ結果、お客様の数が前年比3倍に増加し、その結果初めて業界シェアNo.1を獲得することができました。この成果は、3年連続シェアNo.1を達成するまでの大きな一歩となりました。
今後の展望としては、これまで日本で推進されてきた労働生産性の改革を、世界レベルでの取り組みにシフトします。meviyが対応できる加工の種類を拡大し、さらにアライアンスを強化し、価値の向上を加速します。すでにmeviyのサービスは、ヨーロッパでは2021年12月、アメリカでは2022年10月に、グローバル展開を開始しました。中国やアジアでは2023年中に展開が予定されています。展開を加速するためにも、営業・マーケティングの改革は、引き続き取り組んでいきたいと考えています。お客様の生産性改革を実現するには、ミスミ自身も変わり続けていく必要があるのです。
ミスミグループは、「ものづくりに創造と笑顔を」というミッションを掲げて活動しています。提供するのは単なる部品ではなく、時間です。時間をものづくり産業に提供することで、人間だけができる高い付加価値の仕事や、創造的な仕事に専念していただくことができます。その結果、より良い製品やサービスが生まれ、エンドユーザーの笑顔が増えることを目指しています。
ITツールの適切な活用が、事業スピードの加速につながる
田井:データの蓄積、標準化、活用のプロセス構築が素晴らしく、時間の削減ではなく創造こそ価値である、といった考え方に大変感銘を受けました。営業・マーケティング改革の中での、テクノロジーの活用について、お伺いしたいと思います。meviy事業の営業プロセスを「The Model」の形に変更する過程で、CRMやマーケティングオートメーション、データ利用に関するシステムを選ぶ際に、重要視したポイントは何でしょうか?
吉田氏:確かにたくさんのシステムが存在しますね。私たちは、それらのツールは目的達成のための手段だと考えています。meviyも様々なSaaSサービスを活用していますが、重要なのは導入して終わりではなく、その後に効率よく運用し、継続的に改善していくことです。そのため、ツールの選定では、改善のしやすさやそのスピードが重要なポイントになります。カスタマイズしたい、新たなデータをとりたいと考えたときに、迅速に調整できることが重要です。カスタマイズを外部へ依頼すると時間がかかるので、社内でも手軽に対応できる使いやすさや、操作性を重視しています。
田井:システム導入後も、業務に合わせて進化させることが大事ということですね。データの活用法について、詳しくお聞きしたいと思います。既存と新規のお客様が混在する状況で、ロイヤル顧客化への営業活動を進めるポイントはどの点にあるのでしょうか?
吉田氏:営業・マーケティングの根本は「情報を運搬する」ことです。meviyでは、価値を常に向上させるために新機能やサービスを提供していますが、それがお客様に届かなければ無意味です。どのように価値を届けるかが重要です。既存顧客の中にも、1回試してみただけの方から、使い込んだプロユーザーの方まで、さまざまな状況やステータスのお客様がいます。我々は、お客様の状況に合わせた最適な情報が何なのかを徹底的に突き詰めます。加えて、ツールをうまく活用し、デリバリーを効率化することを意識しています。
田井:お客様のステップに合わせた組織づくりで、よりお客様を理解すること、その上でコミュニケーションを変えることは、既存および新規顧客に共通して重要なのだと改めて気付かされました。トレジャーデータは、Customer Data Cloudとして、マーケティング、営業、カスタマーサポートといった企業内の各部門でデータを連携するソリューションを提供しています。お客様企業を鑑みるに、適切に顧客データを活用できる環境を構築することは容易ではないと感じています。meviyの事業で、お客様の声やデータを効果的に活用するポイントはどこにありますか?
吉田氏:現在はどんなお客様と接触し、どのような行動を取ったかが、オンラインを含めすべてデータで可視化されます。過去には分かりにくかった施策の効果も、データによって明確にできるようになりました。勘とか経験で施策を試して、結果に一喜一憂していた時代と比べ、それがファクトでわかる今、営業およびマーケティングにおけるデータの利活用は大変重要です。私たちは、システムの基盤でデータを集め、可視化し、活動や施策の改善につなげていくことを意識しています。
田井:グローバルで全員が同じKPIを見て、PDCAを回せるのは御社の大きな強みではないでしょうか。
吉田氏:そのとおりです。海外事業の定例ミーティングでは、同じデータを見て課題を共有し、目線を合わせることで、素早く次の行動を取ることができます。データの可視化や見える化は非常に重要な要素です。
田井:PDCAを回していくなかで、可視化できるデータを増やしたい、自動で分析したい、データを活用できる人材を増やしたいといった声が、現場からも上がってきますか?
吉田氏:データ分析の要望は多くあります。データマートにないものも新しく加えるなど、改善しながら進めています。
田井:最後に、製造業で営業やマーケティングのITツールや外部テクノロジーを活用する上でのアドバイスをお願いします。
吉田氏:ITツールやシステムは道具であり、目的を達成するための手段です。選択肢が多いため、自分たちにとって最適なツールを見つけるのが難しいと思います。ただ、業績を伸ばしている企業とそうでない企業の違いは、ITツールを活用しているか/いないかであることが、私たちの調査で明確にわかっています。便利なツールは数多く、なかには無料で使えるものもあります。まずは使ってみることが大切ですし、自分たちでわからなければ、外部の専門家の助けを借りると良いでしょう。道具の進化が人類の進化です。ITが進化した現代では、便利なツールを使いこなして事業のスピードを上げることが重要であると考えています。
田井:ありがとうございました。
(本稿は、2023年3月23日に開催された「日刊工業新聞・トレジャーデータ共催 製造業の営業・マーケティング改革 製造業の営業スタイルを抜本的に変えるためのオンラインセミナー」収録セッションから内容を編集して掲載しています)
<スピーカー>
吉田 光伸 氏
株式会社ミスミグループ本社
常務執行役員 ID企業体社長
田井 義輝
トレジャーデータ株式会社
副社長 執行役員