共感の進化論〜データ活用が導く、企業と顧客のシンクロニシティ〜 Special Session Produced by Forbes JAPAN
膨大な情報が日々交錯する社会で、今、企業に求められるのは、必要なデータを極めて社会に適切に発信すること。それはつまり、データから精緻なインサイトを読み取ると共に、適切なコミュニケーションデザインにより共感を生む顧客体験を創造することだ。そう、その主役は、あくまで人だ。人がデータを扱い、分析し、人が人へ、想いを届ける。そうすることで企業は顧客との真の紐帯を築き、共感の値を、より高いステージへと導くことができる。本セッションでは、データサイエンスとコミュニケーションデザインのノウハウを学び、そこから導き出される共感が今後、企業と顧客にどのような作用を引き起こしていくか? を提示していく。登壇は慶應義塾大学医学部 教授 宮田 裕章氏と、アーティスト・デザイナー 長谷川 愛氏。
<目次>
データが多様な価値観を可視化することで突きつけられるクエスチョン
日々膨大な情報が交差する現代において、企業は顧客とどのようなコミュニケーションをとり、どのような体験を提供していくべきでしょうか? 本セッションは「企業課題とデータサイエンス」、「データからどうデザインにつなげるのか」、「顧客体験を最大化させる、企業と顧客の未来像・社会像」という3つの切り口でディスカッションが行われました。
データ活用における企業及び社会が抱える課題について、データサイエンスの先駆者である宮田氏は、データ化またはデジタル活用が進んだことによる重要な観点として「これまでとは違う世界がみえてきた」ことが挙げられると指摘します。紹介されたのは「グレートリセット」という現象。18世紀後半の産業革命以降、産業や文化、そして人々の生活そのものが、経済という「強力な説明力を持つ手段」に組み込まれてきました。「手段が目的化」したともいえる経済合理至上主義の考え方が、この数年で徹底的に覆されつつあると宮田氏は主張します。
変化の潮流の根底にあるのはデータです。環境や人権、いのちといった多様な軸を、データを通じて可視化することが可能となった現代。「多様な軸がある中で、それをどう変えていくのか、導いていくのか」ということが非常に重要であると宮田氏は指摘します。
ファッションビジネスでの現象が例示されます。服一着を作るのに環境に対してどれだけの負荷があるのか、それが短期利益を優先するうえでどれだけ廃棄されているのか。これらがデータを基に詳らかになったことで、LVMHやグッチといった世界的ブランドが存在するフランスでは、2020年に交付された「循環経済に関する法律(loi anti-gaspillage pour une économie circulaire)」に関連して「衣服廃棄禁止令」が施行され(2022年2月)、売れ残り品を寄付やリサイクルによって処理することが義務付けられました。
また、グローバルビジネスでは当然とされていた安価な労働力の確保が、その過程において人権侵害を引き起こしていた事実も明らかになります。新疆ウイグル自治区における綿生産での強制労働の問題では、その綿素材を使用しているとされるブランドの輸出入禁止や犯罪嫌疑、不買運動に連鎖しました。宮田氏は、データによって多様な価値が可視化されることで「既存のビジネスモデルに対してクエスチョンが突きつけられた。未来へのつながりを前提に先に進むことが必要になってきている」と警鐘を鳴らします。
新しい価値を導き出すために「問いを立てる」
スペキュラティブ・デザインを実践する長谷川氏は、その歴史を紐解きながら、スペキュラティブ・デザインは「メソッドではなく態度」であると説明します。長谷川氏によると、いわゆる一般に理解されている文脈のデザインとは、「肯定的で、問題を解決する答えを提供する」行為であり、「消費者に買わせるためのデザイン」である一方、スペキュラティブ・デザインは「批評的で、問題の提起や、討議のために」行われる、「市民に考えさせるためのデザイン」です。その前提に立って、スペキュラティブ・デザインは現在主流な社会の価値観ではない別のものを考えること、現在の世界のあり方に沿うデザインを「しようと考えない」こと。そして懐疑的なデザインの態度でもって、視点を変えることで未来を多様に考えること、それらによって問題提起が可能になると紹介しました。
経済合理性至上主義の時代から「グレートリセット(”The Great Reset”)」を経て、多様な軸で世界を見ていくという前提に立つ場合、スペキュラティブ・デザインの視点は重要な価値があると宮田氏は呼応し、既存の価値に則ったビジネスモデル自体が機能不全を起こしているこの世界を「つながりのなかで再構成して行く」(宮田氏)という行為が今まさに求められていると説きます。
宮田氏が強調するのは「問いを立てる」ということ。知識習得に偏重した学びに対して、インターネットや検索エンジン、クラウドソリューションといったテクノロジーが勃興することで生じていた変化を、生成AIのキャズム突破が更に加速させています。生成AIの台頭によって重要視されているのが、未来に沿う、あるいは沿わない定義、好奇心、もしくは懐疑的に世界を見ていく能力です。それこそが社会に新しい価値を導き出せるような「問い」であると宮田氏は説明します。データサイエンティストは、Pythonを学習し統計パッケージを使って分析できることが注目されがちですが、重要なのはそこではなく「新しい価値を導き出せるようなデータをつくるために、現実から何をどういう枠組みで切り出してくればいいのか」を計る「問いを立てること」こそが、本質的な役割なのです。
長谷川氏は、社会への問題提起のあり方として、自身の代表作でもある「(IM)POSSIBLE BABY, CASE01: ASAKO & MORIGA」を紹介。同性間結婚と出産というイシューの社会への問いかけのかたちを、テクノロジーの発展開発や倫理について限られた人間が決定している可能性にも触れながら長谷川氏が提示したことを受けて、宮田氏は「100年前に、あらゆる人の立場に立ったとしてその社会を肯定できるか? という基準は、現実的ではなく受け入れられなかった。しかしデジタルの技術が可視化したつながりの中で、人の立場に立つ、エンパシーが可能となった」と解説します。
「多様な立場に立つことによって、社会を変えられる可能性がある」(宮田氏)という展望は、データとテクノロジーの発展に希望を抱かせるものではあります。しかし、エコーチェンバーしかり、デジタル上のプラットフォームで共感を持ってつながっていたはずが、実はそのモデル自体が歪んでいたという可能性についても宮田氏は触れています。個人のものの見方以上に、デジタル環境そのものが歪んでいる前提のなかで、共感を作っていくべきなのか? 違和感そのものを大事にしながら現状を見ることができるのか? ビジネスとしても個人としても、その問いかけは重く受け止めなければならないでしょう。
社会と人、世界を未来につなぐまなざし
企業と顧客が、これからどのような関係を築いていくべきでしょうか? 「顧客体験を最大化させる、企業と顧客の未来像・社会像」という切り口において、宮田氏はデータサイエンスに求められる役割として「多様な価値を最大化していく」ことを挙げています。その上で「未来に向けた問いを立てていく」ことの重要性を再び提示します。
EXPO2025で「いのちを響き合わせる」テーマ担当プロデューサーを務める宮田氏。
EXPO2025を「経済という今までの個のあり方を前提に商品を見せる展示会は数多くあるが、例えばグローバルサウスのような価値観が異なる人達も一同に集まったうえで、未来を見ていく場」であるとし、その場の貴重性を伝えます。サステナビリティやウェルビーイングといった観点、すなわち未来につながっていく前提が示されない限り、ビジネスそのものを成立させること自体が困難です。EXPO2025では多様な価値が参集したうえで、未来を見つめた問い立てがなされ、未来につながる多様な軸が示されるでしょう。
「グレートリセット」、すなわち根本的に変わる世界において、企業と顧客がサステナブルな関係性を構築するために何が必要か? という宮田氏の問いかけに、「市民を理解してほしい、思いやりを持ってほしい」と長谷川氏は打ち明けます。
データに基づき生成AIが駆動することで、対話によってひとりひとりのニーズに寄り添う、生活者のニーズが対話によって明確にできる可能性を宮田氏は説明します。これまでの企業の発想は売上の最大化であり、個別対応には莫大なコストが掛かっていましたが、寄り添うデータ、質の高いデータができてくれば、コストをかけずに一人ひとりに答えられる可能性があるとし、「社会と人と世界をつなぐありかた」(宮田氏)への希望、未来へのつながりの可能性を示しました。
「これまではお金以外のものが可視化できなかったのが、いのちに対する貢献や学びというものがどうあるべきか、あるいは文化というものが何を紡いでいくのか、そういったものを可視化し、新しいこれから先の近未来をつくっていく。データの役割がそこにある」(宮田氏)。
長谷川氏は「別の社会システムや価値観で生きていくことができるのでは?」という問いかけを、そして宮田氏は「データによってどういう未来を描き価値を可視化していく事ができるかが重要な一丁目一番地になる。共に考えていこう」と来場者へメッセージを送り、充実したSpecial Session Produced by Forbes JAPANを締めました。